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七
どうしてこうも考えなきゃいけないことは重なるのだろうか。まさかこんな展開になるなんて考えもしなかった。私の想いは一方通行で、カガチさんは私をただの同居人程度に思ってくれていて、いつか遠くないうちにキキョウが帰ってきて元通り一緒に暮らす。そんな妄想しかしていなかった。まさか、まさかカガチさんの方から私に触れたいと言ってくれるなんて。そんな素振り、全く見せなかったくせに。
親しくなった男性に急に雄としての一面を出されると嫌悪感を覚える、なんて現象はよく聞くし身に覚えだってあるが、不思議なことに彼に関してそんな感情を抱くことはただの一度だってなかった。おそらく一目惚れをした時点で私はとっくに負けていて、彼の思いのままに弄ばれる人形になっても構わないと受け入れてしまったのだろう。彼の雄の光を宿す瞳も絡みつかれてしまえば全然抜け出せない角張った手も、彼が男なのだと嫌なほど理解させてくる全てが好きで好きで堪らない。
「……考えながら、ちょっとずつ、話しますね……」
「うん」
今のこの感情をどう繕って伝えればいいだろう。頭の中で必死に適切に思える言葉を選びながら紡いでいく。
「…………私にとって、どうしても……あなたは、恋人に見えます。だから、あなたに触れられることは嫌じゃなくって…………あの、キキョウとは違うって、わかってるんですけれど…………あなたがそうしたいなら、そうしてほしいなって思います。嫌じゃ、ないんで……」
上手く伝わっているかわからない。継ぎ接ぎで一応形にはなったが、その分繋ぎ目が弱い気がする。私の中では繋がっているのだけれど、その過程が彼にちゃんと見えているかは保証ができない。つまり、キキョウを思い出してしまうのでどうしたって恋人のように思ってしまうことはあるが、彼をキキョウの代わりにする気はなくて、でも触れたいなら、触れたいと言ってくれるならその欲を優先してほしくて……。
…………自分でもよくわからなくなってきた。
「つまり、えっと……恋人の体に触れられることに抵抗はない、ので…………どこまででも、好きなだけ触ってくれて大丈夫、というか……」
言い終わってから気がついたが、この言い方は少し、恥ずかしいのではないだろうか。節操なしに聞こえたかもしれない。しかし一度口を閉じてしまうと、訂正のためにその沈黙を破るのはかなり困難に思えた。先程までは私自身の声で静寂の入る隙を埋めていたはずなのに。周囲のざわめきがやけに耳に入る。
「……じゃあ」
時間にして十秒、二十秒ほどだろうか。ひどく長く感じた静寂を追い出したのは彼が先だった。
「頭を撫でたり、額にキスをしたりするのは……大丈夫、か?」
「ぜ、全然! 大丈夫、です!」
「そうか。良かった」
どこか気の抜けたように微笑むものだから、また心臓がきゅうっと締め付けられる。彼は私を撫でたり額にキスを送ったりしたかったらしい。そういうことを考えていたかと思うと、先程の沈黙も愛せるような気さえしてきた。
さすがに体を重ねたりといったことは記憶が戻るまで遠慮したい――今の彼とそういうことまでしてしまうのはさすがに不誠実な気がしてしまうので――が、そのくらいのことならいくらでもして欲しいくらいだ。事実、キキョウもよくやってくれていた。私をペットかなにかと勘違いしているんじゃないかと思うほど頻繁に頭を撫でたし、セットが崩れたと不機嫌になるふりをしてみれば、それを見透かして甲斐甲斐しく髪を整えてくれた。寝る前に彼から額にキスを送られるとその日は魔法にかかったように深く眠りにつけたので、私から求めることだって珍しくはなかった。……徹夜中にわざわざキスで寝かしつけられたときもあったが、私の体はパブロフの犬にでもなってしまったのだろうか。おかげでレポートの提出は期限を過ぎてしまい、しかしながら内容はよくまとめられているということでプラマイゼロの評価をもらった記憶がある。
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