第1話 侍女オリーヴィアは殺されない

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 爵位剥奪・一族郎党処刑を同時に宣言され、アーベライン侯爵は悲鳴のような叫び声をあげ――苦し紛れにオリーヴィアの肩を乱暴に掴んだ。 「えっ……」  まるで盾のように、オリーヴィアはアーベライン元侯爵の前に引きずり出され、そのまま額を絨毯に叩きつけられた。ガンッと額をぶつけたオリーヴィアは、反射的に開いていた目をもう一度閉じる羽目になった。痛みと衝撃で、頭がぐらぐらと揺れている。 「これは……これは、オリーヴィアの策なのです! 我が娘が――いえこんな卑しい者を娘と呼ぶのも汚らわしいですが、人買いに連れてこられた際、自分を皇子の婚約者にしてくれと言ったのです! 自分を買ってくれれば、ゆくゆくは皇妃となりアーベライン家に繁栄をもたらそうと! それはまるで悪魔の囁きのようで――」  なんて馬鹿馬鹿しい。オリーヴィアは反論する気も起きなかった。人買いに連れられアーベライン侯爵の前に出されたときのことを、オリーヴィアは今でも覚えている。 『珍しい、銀色の髪か。それにその瞳はオレンジ色。一見不気味ではあるが、見ようによっては美しい。上手く育てれば皇妃にできるかもしれん。引き取って我が娘としよう』  隠しても隠しきれぬ野望に目を輝かせ、アーベライン侯爵は高値でオリーヴィアを買った。その強欲さも卑劣さも、どうやら今と変わらないらしい。 「それは誠か、オリーヴィア!」  そしてどうやら、フロレンツ第一皇子も相当馬鹿らしい。オリーヴィアの頭の先で、フロレンツ第一皇子が苛立たし気にその足を踏み鳴らす。 「貴様、卑賤(ひせん)の身でありながら皇妃になろうと企み、当時のアーベライン侯爵を誑かし、あまつさえ私をも誑かそうとしたのか!」  フロレンツ第一皇子の頭の出来には薄々気付いていた。しかし、こんな状況で突拍子のない嘘を信じるほど婚約者(じぶん)への信頼がなかったのかと思うと、悲しいというより惨めになった。 「答えぬということは事実なのだな、オリーヴィア!」 「そのとおりでございます、フロレンツ皇子殿下。フロレンツ皇子殿下、エーリク皇帝陛下、この度はオリーヴィアが誠に申し訳ございません。私どもは騙されていたのでございます。オリーヴィアの首は差し上げますので、どうか我がアーベライン家は――いえ私だけはお許しを……!」  軽薄浅慮としか言いようのないフロレンツの認識、そしてここにきて全ての罪をオリーヴィアになすりつけようというアーベライン侯爵の厚顔無恥っぷり。オリーヴィアは絶望するより呆れてしまった。
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