第3話 侍女オリーヴィアは同席しない

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 紅茶は、まだフェーニクス帝国では出回っていない。その昔、ヴィルフリートはたまたま東国の商人から紅茶を手に入れた。初めて手に入れたそのとき、ヴィルフリートはまるで少年のように目を輝かせ、なおかつ得意気な顔でオリーヴィアに勧めてくれた。 『飲んでみろ、毒見は俺がした』 『殿下ご自身が毒見はおやめください』  そう笑ってしまいながら口にした紅茶は、帝国内で飲むどんな酒よりも優しい味がした。オリーヴィアがそうして気に入ったのを見てか、以降のヴィルフリートはオリーヴィアに会うたびに紅茶を淹れてくれたし、その紅茶をくれた商人に会うときはオリーヴィアを連れて行くと約束してくれた。 (本当に、皆さんは誤解しているだけで優しい方なのよね……)  ヴィルフリートの執務机から離れて立ったまま、そんな懐かしい気持ちで紅茶を口に含む。ヴィルフリートが実は優しい人間だというのを自分しか知らないのはもったいないような、一方で自分だけ知っているというのはどこか嬉しいような、そんな複雑な気持ちだった。 「……オリーヴィア」 「はい、なんでしょう」 「…………いや」  そんなヴィルフリートは、たまにこうして言い淀む。(つるぎ)のごとくスパンスパンと鋭い言葉を投げる氷の皇子の、これまた珍しい側面だ。 「……少し前、ライアー街道(かいどう)の整備が完了した」 「あら、よかったではございませんか」  オリーヴィアが侍女になってすぐ、ヴィルフリートが地図を見せながら「一部の街道が土砂崩れで塞がっているので優先順位を考えろ」と無茶なことを言ってのけたとき、オリーヴィアは「ライアー街道は一番最後でいい」と意見した。その整備が完了したということは、当時の問題がほとんど解決したに等しい。 「ライアー街道は迂回(うかい)()がありますし、山間部で冬は通ることができませんからね。最後でいいかとは思ったのですが、アインホルン王国に向かう最短距離であることには変わりありません。よかったですね」 「アインホルン王国への最短距離が必要か? どうせ和平交渉はイステル伯爵に任せているだろう」 「その和平交渉ももうすぐ終わるでしょう。同盟を結んだ(あかつき)には、隣国同士容易に行き来できるに越したことはございません」  第二次帝国・王国戦争を繰り広げたアインホルン王国とは、ヴィルフリートの提案で停戦協定を結んで久しい。このまま和平条約を結び、ひいては同盟をとヴィルフリートは企図している。戦争の平和的解決を(こころざ)す、“氷の皇子”と呼ばれるヴィルフリートの、それもまた意外な側面だった。
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