第3話 侍女オリーヴィアは同席しない

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 しかし、それはあくまで理想に過ぎない。肝心の和平交渉は1年近く停滞しているため、ヴィルフリートはしかめっ面をした。 「同盟など、夢物語だな。今の膠着(こうちゃく)状態が続くよりは戦争を再開しろとの声もある」 「しかし殿下、殿下は交渉を続けるのでしょう。これ以上続けても互いに犠牲を増やすだけで無駄だと停戦なさった殿下の決断、私は何も間違っていないと思います」 「……間違っていたかどうか分かるのは、この交渉が実を結んでからだな」  紅茶を(すす)るその顔も渋い。しかし、急にライアー街道の話をし始めた理由が分かった。アインホルン王国との和平交渉はヴィルフリートにとってもストレスで、あまり事情の分からぬオリーヴィアに話して発散したかったのだろう。 「きっと大丈夫です、殿下。それに、イステル伯爵は停戦に感謝していらっしゃったではありませんか。特に昨年は雨が酷く、戦争中では到底やりきれなかったと」 「……アイツは『明日にはくたばる』が口癖のクソジジイだからな。そうは言ってもどうにかしたに違いない」  憎まれ口を叩いているのは照れ隠しの裏返し。そう知っているオリーヴィアは微笑ましい気持ちで本当に微笑んでしまった。  そうして少し雑談じみた仕事の話をした後「では私はこれで失礼いたします」と頭を下げる。ヴィルフリートは相変わらず渋い顔をしてはいたが、心なしかその眉間のしわは少し緩んでいた。  茶器を持って厨房へ向かっていたオリーヴィアは「オリーヴィア様」と聞き慣れた声に呼び止められた。咎人(とがびと)のオリーヴィアに敬称をつけるのは帝国広しといえどただ一人――ヴィルフリートの側近のグスタフだ。 「グスタフ様、どうかなさいましたか」 「ああいえ、そう急用というわけではございません」  グスタフはラベンダー色の髪にアイスブルーの瞳をしており、またその髪と瞳の色によく合う涼やかな顔立ちをしている。片眼鏡はオシャレらしいが、それまでもが彼の清涼感を引き立てていた。そのため、ヴィルフリートとグスタフが並ぶと、王城内の使用人達はつい感嘆の溜息を漏らしてしまうという。  そんなグスタフは、オリーヴィアがフロレンツの婚約者であった頃からヴィルフリートの側近を(つと)めている。オリーヴィアは「敬語も敬称も不要です」と伝えたが、当時の癖が抜けないのだ、とグスタフは断っていた。
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