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「それにお前、あのオリーヴィアをまだ侍女にしているそうだな。罪人を侍女にしておくなど、お前の器が知れるぞ。ましてや婚約者など、な?」
咎人のオリーヴィアを助けたのは少なからず好意を抱いていたからに違いない。そう確信した声で嗤い、フロレンツは立ち去った。
その後ろ姿に大きく舌打ちし、ヴィルフリートは大股で執務室に戻った。その苛立ちに任せて乱暴に椅子に座って残る仕事を片付けてしばらく、聞き慣れたノック音が聞こえた。オリーヴィアだった。
「殿下、そろそろ夜会のお時間ですよ。……どうされました?」
「……なんでもない」
「そんなに夜会がお嫌いですか?」
ヴィルフリートの一張羅を用意しながら、オリーヴィアは静かに息を吐き出す。丸眼鏡の奥でオレンジ色の瞳が細められた。
「殿下は騒々しい場所がお嫌いですし、夜会に出る暇があれば政務に勤しむ方がマシだというご口上は理解いたします。しかしこれも第二皇子殿下のお勤めのひとつです、諦めてご出席し、婚約者候補の一人や二人、見繕ってきてください」
ピキ……とヴィルフリートのこめかみには青筋が浮かぶ。しかしオリーヴィアはその理由に気付かない。
「ご令嬢の前ではくれぐれもそのようなお顔はなさらないでくださいね。こちら、お着替えお手伝いしましょうか?」
「いやいい。下がれ」
「しかし殿下はいつも何かと理由をつけて夜会を欠席なさいます。このオリーヴィア、殿下がお仕度をなさるまでは――」
「いいと言っている!」
そこまで言えば、オリーヴィアは肩を竦めて「では、本日はこれで失礼いたします」と質素なメイド服を翻して出て行った。
まるで鷲のように鋭い双眸でオリーヴィアを睨み付けていたヴィルフリートは、パタン……と扉が閉まった途端に項垂れる。しかしその扉がもう一度開いたので素早く顔を上げ――相手がグスタフと気づき、緊張の糸が解けた息を吐き出した。
「なんだグスタフか」
「なんだとはなんです。聞こえておりましたよ、殿下」
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