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「ヴィルフリート殿下、思い出し笑いはおひとりのときになさってください」
昔の思い出がグスタフの冷ややかな声に掻き消され、ヴィルフリートは射殺さんばかりの視線を向けた。どんな忠臣も裸足どころか裸で逃げ出すと言われるほどの睥睨だが、ヴィルフリートの本命を知っているグスタフにとっては痛くもかゆくもない。
「貴様……俺の邪魔をしに来たのか? 何の用だ」
「邪魔だなんてとんでもない。オリーヴィア様との仲を取り持ってさしあげようと参ったのですが」
「なぜそれを早く言わない? 今すぐここでその妙案を説いてみせろ」
どんな仕事よりも優先すべしと言わんばかりに執務机の書類を床に叩き落としたヴィルフリートを、グスタフはじろじろと片眼鏡の向こう側から観察する。
“氷の皇子”に相応しい冷たい性格と、美しすぎるその容姿。そして既に皇帝のような貫禄を放つ仕事の出来と暴君っぷりを見ていると、女に困る姿など想像もできない。現に多くの令嬢達がけんもほろろにフラれつつ「ヴィルフリート殿下に私ごときでは釣り合わないから仕方がない」と袖を濡らしてきた。
「おい何をもったいぶっている。重要なことは書面にしろと習わなかったのか」
グスタフを睨み付けながらトントンと長い指で机を叩いて急かす、その姿もまさしく“氷の皇子”の異名に相応しい。
内容が、“侍女オリーヴィアを振り向かせたい!”などという健気かつ馬鹿げたものでなければ。
「……いえ、こちらはオリーヴィア様に知られては台無しですので、口頭でお伝えいたします」
「確かにそうだな、オリーヴィアは何も言わずとも俺の部屋を掃除してくれるからいつ何が見つかってもおかしくない。しかしオリーヴィアはもう少し隙というものがあってもいいのではないだろうか、俺が休息を取ろうとする絶妙なタイミングで紅茶を持ってくるし、城下に出た後は必ず土産などと称して――」
「片想いで惚気になっていない惚気話は後日にしていただいてよろしいですか? 私も忙しいので」
「首を刎ねるぞ貴様。しかし俺も忙しい、許す。オリーヴィアを口説く方法を述べよ」
「まずオリーヴィア様を茶会に誘います。次にオリーヴィア様に婚姻を申し込みます。以上です」
「貴様首を刎ねられたいらしいな」
冗談でなく、ヴィルフリートは後ろ手に剣を取る。しかしこの程度でビビるグスタフではない。
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