第4話 氷の皇子は夜会に出る

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「では殿下、それを実行されたのですか?」 「……いいから代案を述べろ」 「イエス、ノーでお答えください」 「……イエスだと言わせてどうするつもりだ。(びん)(ぜん)たる俺を見て悦に浸るつもりか」 「お誘いになったんですか?」  グスタフは本気で驚いた。兄の元婚約者への報われぬ片想いを続けはや何年、その相手を侍女にしてはや3年。こじらせすぎて素直になれないこの暴君がまさかそんなことをできるとは思っていなかったからだ。  しかし、ぐっとヴィルフリートはその形のいい唇を噛んだ。まるで危うい戦局に立たされているかのような表情だった。ただの片想いだが。 「……断られたのですか?」 「そんなわけあるか。……オリーヴィアは少々鈍すぎるのではないか」 「では殿下がなんとお伝えしたのかお答えください」 「……『休日に部屋に来てくれ』と誘った。オリーヴィアには『では今週は休日も掃除に参りますね』と言われた」 「殿下はオリーヴィア様に週2日のお休みを与えていらっしゃいますからね。休日出勤と勘違いされたのですか。それで?」 「やむをえずオリーヴィアが紅茶を持ってきたときに『一緒に飲もう』と誘った。オリーヴィアは三度断ったが最終的に『いただきます』と頷き――」 「おっ」 「そこの隅で直立不動のまま飲んだ」 「侍女の(かがみ)ですね」 「そうだろう。しかしそうではない!」  力強い拳が叩き落され、執務机が揺れる。国宝に等しい皇家のペンが落下して若干傷がついたが、ヴィルフリートは意にも介さなかった。 「俺は紅茶を飲みながら婚姻の話をするつもりだった、あの事件から既に3年、もうほとぼりも冷めたのではないかとな! それを座りもしないどころか優に5メートルは離れたところにいるとはどういうことだ!」  お陰で街道整備の話と第二次帝国・王国戦争の経過しか話すことができなかった――とまでは口に出さなかった。そんなことをすればこの側近はますます自分を馬鹿にした目で見るに決まっているからだ。 「オリーヴィア様はご自身の立場を弁えていらっしゃいますから、殿下と同席することの烏滸(おこ)がましさをご存知なのでしょう」 「…………」 「いま殿下が考えていることを当ててさしあげます。『そのような品格こそ俺が好きになったオリーヴィアに他ならないが、それはそれとして紅茶を共に飲んでくれてよかったのではないか。ああ複雑だ』」 「辣腕(らつわん)の側近でよかったな。貴様が無能であれば三度は首を刎ねているぞ」 「では『部屋の隅とはいえあれは共に紅茶を飲んだということにしていいのではないか』ですか?」 「貴様が来世で他国に生まれた際はその国が我が帝国にどれだけ有益であろうと滅ぼすからな。その舌が回るのは現世(いま)だけと覚悟しておけ」
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