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第5話 氷の皇子は二度踊る
ヴィルフリートが夜会に現れてすぐ、出席していた令嬢達は例外なく頬を染め色めきだった。
「ヴィルフリート殿下よ」
「相変わらずなんてお美しいのでしょう」
「あの氷のような双眸で見られたら……私、卒倒してしまいそう」
「今夜こそ婚約者様をお決めになるのかしら? でも一体どなたなら殿下のお眼鏡に適うのでしょう……」
聞かせたいのかと思うほど次々耳に飛び込んでくる声に、ヴィルフリートはその形のいい眉を不愉快げに寄せた。女というのはなぜああしていつも群れを作り騒ぎ立てるのか。華やかさと派手さをはき違えたような化粧ばかり施し、品のない噂話に興じ、頭の悪いことこの上ない。どれほど多くの詩をよみ優雅に踊るのか知らないが、貴族令嬢のたしなみだというのならまず黙ることから始めるべきだ。
オリーヴィアのように――とヴィルフリートはすぐにその姿を見つける。夜会のホールの片隅で、雪のように輝く銀色の髪を結い上げ、清楚でシンプルな服に身を包んでいる。ほらみろ、オリーヴィアは見るからに淑やかで、ごてごて着飾らずともその内面の品があふれ出ているというものだ……。…………。
離れているのをいいことに好きなだけオリーヴィアを見つめていたヴィルフリートは、その違和感にやっと気が付いた。
「どうかなさいましたか、殿下」
「グスタフ貴様、俺を騙したな?」
後ろからのこのこやってきたグスタフを獲物を狩るがごとく睨みつけるが、生意気な側近は知らん顔だ。
「騙してなどおりません。私はオリーヴィア様に夜会に出席するよう命じました、とだけ申したのです」
「そのように言われれば誰でも勘違いするだろう。オリーヴィアは侍女として来ているだけではないか!」
オリーヴィアは、雪のような銀色の髪を結い上げキャップで隠し、前髪をぴちりと7:3に分け、丸眼鏡をかけ、黒に白いエプロン付のメイド服に身を包み、体の前できちんと手を揃え、いつもどおりの様相で立っている――つまり夜会の手伝いをする侍女として出席しているのだ。
ただ、グスタフとしても最初から騙すつもりがあったわけではない。むしろオリーヴィアを騙すつもりで、先に夜会出席の言質をとったうえでオリーヴィアの部屋に夜会用のドレスを持って行かせたのだ。しかし当然その使いは事情など知らないし、オリーヴィアは「手違いと思われます」とドレスを突っぱね、侍女として夜会に出席した。この二人はどうも噛みあわないというか、どっちもどっちというか……。
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