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「殿下の周囲の女性といえばオリーヴィア様以外ではマルガレータ殿、ザスキア殿……こういってはなんですが年嵩の女性ばかり。妙齢の侍女はすべてクビになさって」
「それの何が悪い。手より口を動かす無能な者を雇うほど税の無駄遣いはない。マルガレータやザスキアに特別手当を出してなお釣がきているはずだ」
「それは仰る通りですが、今はそんな話はしておりません」
「大体、かこつけて好みの若い女をはべらそうなど愚王の考えだ」
「それも仰る通りですが、今はそんな話はしておりませんし、オリーヴィア様を侍女にしている殿下が言えることではございません」
いやそれは当時オリーヴィアの首を刎ねさせないための苦肉の策であり――という言い訳が始まる前に、グスタフは「とにかく、たまには殿下がオリーヴィア様を翻弄なさってはいかがですか」と畳みかける。
「……翻弄か」
「翻弄です。特にオリーヴィア様はフロレンツ殿下の元婚約者、殿下に対しては将来の義弟として接されていたわけでしょう?」
ヴィルフリートの胸にグサリと鋭利なナイフが刺さった。巷でたまに聞く「弟としてしか見ることができないの」という断り文句が頭に浮かぶ。
「本来はオリーヴィア様のほうが年下ですし、たまには年上の余裕を見せてはいかがでしょう」
「俺はいつも余裕があるが」
「オリーヴィア様の前以外では有り余っておりますね」
「ヴィルフリート、本当に来たのか」
フロレンツの声に、ヴィルフリートはもはや反射的に舌打ちしそうになった。そのフロレンツは、隣にオリーヴィアでない婚約者を連れている――ハーゼナイ伯爵の長女フリーダだ。名門伯爵家のご令嬢兼第一皇子の婚約者らしく派手に着飾り、その頭にもドレスにもこれでもかというくらい宝石がついている。
「さきほどはどうも、兄上」
「ヴィルフリート殿下、ご無沙汰しております」
「どうも、フリーダ殿」
「殿下は婚約者がまだいらっしゃらないのですよね? よろしければ私の妹などいかがでしょう?」
「余計なお世話です」
兄が兄ならその婚約者も婚約者だな。ヴィルフリートは遂に舌打ちした。
「しかしお前には婚約者がいないどころか、噂になる令嬢すらいない。いるとすれば侍女のオリーヴィアくらいだ」
「ああ、あの咎人の」
クスクスとフリーダが笑う。飾り剣を抜いてそのまま喉を貫きたい衝動を堪えた。
「それでは皇位継承争いにおいてあまりに不利であろう? フリーダは未来の義弟を気遣ってやっているのだ」
数ヶ月前、エーリク皇帝は譲位を宣言した。先のアインホルン王国との戦争で腕を負傷したため、これを機に帝位を明け渡すと言い始めたのだ。
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