第2話 侍女オリーヴィアは気にしない

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 しかしある日、オリーヴィアが城内の庭で本を読んでいるとき、たまたまヴィルフリートと出くわした。後から聞いたが、そこはヴィルフリートの昼寝場所だったそうだ。 『オリーヴィアと言ったな。何の本を読んでいるんだ』  オリーヴィアは、ヴィルフリートから見れば兄の婚約者であったが、フェーニクス帝国の皇位継承者は戦績を筆頭とする実力順であり、フロレンツとヴィルフリートの間には兄弟以上の上下関係がなかった。 『いま読んでいるのは帝国文化史です、ヴィルフリート殿下』  だからオリーヴィアとヴィルフリートの関係はなんとも微妙で、二人の会話はそんな社交辞令じみたものから始まった。  ただ、ヴィルフリートはオリーヴィアの本に興味を示し、つい熱心に感想を話すうちに互いに互いの話に夢中になった。そうしていつの間にか仲良くなり、まるで約束しているように毎日同じ場所で同じ時間を過ごし……オリーヴィアは少しだけヴィルフリートに惹かれるようになった。フロレンツとは政略婚約であったし、将来の義弟とはいえヴィルフリートはオリーヴィアより3つ年上だった。  しかし、その感情が愛情か恋情か分からないまま、少なくともフロレンツの婚約者としてこれ以上親密になるべきでないと身を引き締めて過ごして、あの日が――オリーヴィアが咎人(とがびと)と糾弾され、フロレンツ第一皇子との婚約を破棄されたあの日がやってきた。  結果、オリーヴィアとヴィルフリートの関係は侍女とその主となった。  ヴィルフリートとオリーヴィアはフロレンツの婚約者であったとき以上に遠くなったどころか、対等に話すことすら許されない関係になった。 (……でも、あのままフロレンツ殿下と婚姻していたらヴィルフリート殿下と私は義理の姉弟だったし……)  なにより、ヴィルフリートが庇ってくれなければ、あの日にオリーヴィアは首を刎ねられ死んでいた。  そう考えると、アーベライン侯爵の娘でないとバレてしまったことは僥倖(ぎょうこう)だったかもしれない。オリーヴィアは持ち前の明るさでそう気を取り直した。  そんなヴィルフリートへの感情には、名前がつかないままだ。なんなら3年前、きれいにしっかりと蓋をしておくことにもした。侍女となった自分に、尊慕(そんぼ)以外は不要だったから。 (いまの私は、ヴィルフリート殿下に誠心誠意お仕えする以外ない)  ヴィルフリートは、それなりに城内の勝手を知り、読み書きができ、なおかつ自分に恩があるため逃げ出せない“便利な”オリーヴィアをまんまと召使いにしたに過ぎない。オリーヴィアはそう(わきま)えている。
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