思い出にはならない

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 あみと出逢ってから十年が経ち、僕は二足のわらじを履きながらも、だんだんと撮られるよりも撮る方に軸足を置いていった。  今回初めて日本で個展をすることとなった。今あみはどこにいるのだろう。あの寒い土地から東京に来ていないだろうか。  来ていたとしても、僕が写真を仕事にしているとは知らないか。十年も経って、まだあみを探している自分が滑稽だと思った。もうとっくに誰か他の男と一緒になっているに違いない。幸せになっているといい。  僕もこの間に女性との出会いがなかったわけではない。あみを忘れようとも努力した。けれど、他の女性に触れてみてもあみを思い出すばかりで、時間の経過も、あみの記憶を薄れさせてはくれなかった。  風景の中に彼女を探していなければ、僕はきっと写真を認められていなかった。君のおかげで写真を撮り続けられてるよ。どういう形でもいいから、どこかで僕の写真を見てくれていたらいいのに。  会期中はずっとギャラリーにいるようにした。もしあみが来たら、と思うと何処にも行く気になれなかった。スポンサーからの食事会なども断った。  その中で会期中に受けた質問があった。 「あの作品群以外、女性の写真は撮らないのですか?」  撮りたいと思えるモデルがいないんです、出会った時にはまた撮るかもしれません、と僕は答えた。だが、あみ以外の人を撮ろうと思うだろうか、この先も。  とても個人的な写真を、自分の作品として出している僕に出会ったら君はどう思うだろう。  すでに軽蔑されているだろうか。いっそ出てきて糾弾してもらった方がいい。この人は私を弄んで捨てた男です。事後を撮ったその写真が代表作だなんて馬鹿にしてる、と。  訴えられたとしても、僕は君に会えたら嬉しくて、泣いてしまうに違いない。  個展三日目の今日は休日らしく、そのせいか人出が多い。多くの人が僕の写真を見て、ギャラリーから出ていく。  少し疲れたので椅子に座って遠くから全体を見ていると、あの写真の前で身じろぎもせず立っている女性がいた。  誰なのかを頭で確認する前に心臓が跳ねた。  僕の周りの音が消えた。  そっと彼女に近づく。  切り揃えられたボブは、記憶の中と同じ髪の艶をしていた。  十年経ってあの頃よりも大人の女性になっているけれど、わかる。 「……あみ……!」  ゆっくりその人は振り向いた。  掛けられた髪が縁取る耳に、見覚えのあるピアスが、はっきりと見える。  あみ、僕の人。  もうモノクロの中だけの君は嫌だ。僕と色のついた景色を一緒に見よう。   僕は泣き出した彼女へ手を伸ばした。
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