少女のようなその子

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少女のようなその子

 僕はホテルを拠点にして当てもなく街をうろついた。  そこに暮らす人々のように溶け込んで、写真を撮るのが楽しかった。  乾燥して喉が痛いから今日はマスクをして歩こう。そう思ってホテルを出て十分ほど歩いた、二日目の午前中。  大きな横断歩道を横切ろうとしたが、信号が点滅をはじめて間に合いそうにない。諦めて立ち止まったその先に、おばあさんとそれを助ける人を見た。  信号が変わり車のクラクションが鳴り響く。放っておけばいいのに、僕は走り出してしまった。 「大丈夫? 僕が運ぼう」  おばあさんを背負って中央分離帯まで運んだ。おばあさんを助けようとしていた子はまだ少女、という形容詞が似合うような感じで、ありがとうございます、と日本語でお礼を言ったのがわかった。 「どういたしまして」  その子は、僕の言葉が日本語と違うのに気づいて、あれっ?という顔をしたが、何となくわかったのか笑顔を見せた。  信号が変わったので、おばあさんをまたおぶって運ぶ。おばあさんを歩道にゆっくりと下ろすと、おばあさんは僕とその子に何度も頭を下げて、ゆっくり歩いて行った。 「・・・・・・・・・・・・・・・Thank you so much」  日本語とたどたどしい英語で彼女が頭をペコリと下げ、おそらくお礼を言った。 「大したことはしてないよ。最初に助けた君が偉いよ。ありがとう」  母国語で僕は言った。彼女は僕を特に気に留めることもなく、バイバイ、といって元気に去って行った。  しばらく街をうろついたが、ふと流氷の写真が見たくなり、本屋を探した。  帰国してからでも見られるけれど、好きなものに触れたかった。  おばあさんとその子と別れた後に、一人でいることの寂しさがひどく襲ってきたからかもしれない。滞在しているホテルの近くに大きな本屋があるのをビルの看板で見ていた。そこに行ってみよう。  日本語で何が書いてあるかわからないので、隅からじっくり棚を探す。写真集の棚の一角をやっと見つけた。  何かの写真集を手に取り、見ている人がいる。よく見ると、それはさっき一緒におばあさんを助けたあの子だった。  親切で元気だと思っていたその子の横顔は、悲しそうに何か諦めたような顔をしていて、大人になりかけの女性の顔をしていた。  そっと彼女が持っている本を見る。  それは、僕が気に入っている流氷の写真集だった。 「ねえ、それ好きなの?」  思わず側に行って話しかけてしまった。 「……?!」  彼女はびっくりして振り向いた。驚いたその顔は、まるでギャグマンガみたいで、僕は心が少し和んだ。  本を見せてくれ、と言ったと思ったのか、写真集を渡してくる。  一緒に見ようよ。  僕は彼女の右側に立ち本を持ってページをめくった。 「この本、僕持ってるんだ。この本いいよね。君も流氷が好きなの?」 「・・・・・・・・・・」  何か言って彼女は微笑んだ。  そうやって二人で見ているうちに何故か、この子と流氷が見たいな、と思った。それは流氷を見たいだけなのか、寂しくて誰かに側にいてほしかっただけなのか、自分でもわからなかった。  ただ、凍った湖面や流氷を見る時にはこの子に側にいてほしいと思った。 「ねえ、時間があるなら、僕と凍った湖とか流氷を見に行かない?」  彼女は首をかしげている。  英語なら通じるだろうか。 『一緒に湖に行こうよ』
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