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ナビ通りに目的地に着いた。パンフレットに載っている建物の灯りが淡く温かく目の前に見えてきた。辺りはすっかり暗くなっている。
「行こう」
目を覚ましたあみに、日本語で声を掛けた。少し寝ぼけた彼女は、はい、と小声で言いながら、両腕を伸ばして伸びをした。
「・・・・・・・・・」
両手を合わせながら何か申し訳なさそうにしている。きっと寝てしまってごめんなさい、と言っているのだろう。僕は笑顔で返した。
チェックインする時にフロントに依頼をした。明日の朝までに彼女の服を準備してもらいたいのです、と。
この夕方に無理難題だと思うが、ある程度の無理は金銭で解決できるということも、僕は経験上知っていた。
あみはきょろきょろと辺りを見回している。小さなリスみたいだ。
ホテルのスタッフに客室に案内された。
「お疲れ様。着いたよ」
「わあー・・・・!」
真っ白な部屋にふかふかのセミダブルのベッドが二つ。快適そうだ。
あみはまだ学生だから、色々と泊まり歩いたことは無いだろう。声を上げて、素直に喜んでくれるのが嬉しかった。
あみに翻訳アプリのスマホ画面を見せた。
”二泊取りましたから、ゆっくり湖を見ましょう”
二泊と書いてあるのを見て、とても驚いているようだった。
何故二泊にしたのかを今思い出そうとしても曖昧だけど、移動に時間がかかるなら一日ゆっくり見るにはその日程が良いと思った気がする。
”着替えがありません”
あみは困ったなあという顔をした。そしてランドリーサービスを聞こうとしていたが止めた。
”大丈夫です”
とだけ書いて返した。
二人で食べた夕食。言葉があまり通じない僕らだったけれど、無言になることは無くて、何故か食材の名前をそれぞれの国の言葉で何というかというのを教えあいながら食べた。
この子はいつも自然体に見える。
僕のようにつくろったり壁を厚くしたりするようなことはしない。困ったおばあさんがいたら助けるし、僕の顔がどうであろうと態度を変えない。ホテルのスタッフにも素直に応対している。
箸の持ち方もきれいで、とても良い育てられ方をした子なのだろうな、とうらやましくすら思った。
僕は十代で親を亡くしていたから。
部屋に戻った。この大きなガラスのドアから向こうの風景は湖に続いている。
『あみ、湖に行ってみよう』
夜の湖も見てみたかった。湖に続く周辺の森は真っ暗だが、部屋の灯りと屋外灯がいくつか点いている。
大きなガラスドアから外に出ると、夜風が冷たい。
「うー!!・・・・・・!!」
寒いって言ってるのかな。肩を縮めながら湖へ歩いた。
あみは湖に張っている氷を見て大きな声を出した。
『凍ってる!』
笑顔で湖を指さした。部屋の明かりが背後からほのかに彼女の輪郭を照らす。
『そうだね』
『明日も見ようね。もっときれいだよ』
そう言って湖面を見つめるあみの顔は寂しげで、女の人の表情をしていた。それを見てなぜか心臓が跳ねた。
彼女は、子供みたいに見えるけれど、僕といくつも違わない。どうして、君はついてきてくれたんだろう。時々そうやって寂しそうな顔をするのはどうして?
「あみ……」
そっと後ろから彼女を抱きしめた。僕は、もっと寂しくて、君を連れてきてしまった。
『戻りましょうか、寒いし』
あっけらかんと彼女は言う。けれど僕は、真っ暗な湖面を見たことで、目を逸らしていた孤独と目が合ってしまった。
『あみは、夜ぐっすり眠れる?』
僕は、寂しくて眠れない。
両親や祖父母を失った時、チユを失った時の気持ちが蘇ってきた。独りぼっちなんだ。これからもずっと。
『部屋に戻って飲みませんか? 話しましょう』
彼女は僕の様子が変わったのに気づいたのか、たどたどしい英語で、優しくそう言った。
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