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彼女は初めてではなかったけれど、慣れてはいなくて、僕が触れる度に少しずつ体をほどき自分を失くしていった。
僕も同じだった。あみに触れる度に知らない感覚を教えられた。彼女は完全に僕にされるがままになっているのにもかかわらず。
時々、彼女を身勝手に扱っているようにしか思えない自分が、ひどく最低だと思う気分が襲って来たけれど、しっかりと彼女が僕の首に腕を回して、目を合わせた時に笑ってくれる事でそれが拭われていった。
その夜は久しぶりに深く眠った。あみと体をくっつけて。
「おはよう」
あみの髪を梳いていると、彼女が目覚めた。
彼女が腕の中にいるだけで、とても安らいだ気持ちだ。
昨日の昼から、たった一晩一緒にいただけなのに、僕はすっかり彼女に変えられてしまった気がする。
あみはしばらくして、僕の顔を見るとえへっと笑って、
『お風呂に入ってくるね』
と腕の中を抜け出した。
あみの背中を見ながら、写真を撮りたいと強く思った。僕が見た彼女をフィルムにも焼き付けておきたい。
誰も知らない僕のあみを。
ホテルが準備してくれたあみの服を洗面所へ持って行った。声は掛けなかった。多分彼女も色んな事を考えているはずだから。
"歩いて一周したら3時間はかかります。トレッキングみたいになる場所もあるみたいで。車で回りますか?"
一夜明けて気づいたのは、僕は湖が見たかったけど、それよりもあみと一緒にいることの方が重要だということだった。
『歩こう』
『静かな場所がいいですか?』
『うん』
二人で邪魔されない場所ならどこでもいい。
風景がきれいならそれに越したことは無いけど、部屋から出ないでずっと君を抱いていてもいいと思ってるんだ、本当は。そんなことを思ってあみを見ると、すっかり張り切って靴の紐を締めなおしていた。学校行事で遠足が始まる時の子供みたいに。
どんどん歩いていくあみは遠足の班長みたいだった。
あまり話さなかったけれど、あみが見つけた枯葉の形がハートだったり、転がってる石がカラフルだったり、遠くの景色が美しいのを一緒に楽しんだ。
僕のカメラを見てあみが言う。
『写真撮るの好きなんですか?』
『うん、特に風景がね』
風景の中にあみを入れて、すでに結構な枚数を撮っている。ちょっといたずらしてみようかな。
「あみ!」
大きめの声であみを呼んだ。
驚いてあみが振り向くのを狙って撮った。
「わ、・・・・・・・!・・・!」
消してとか急に撮るなとかきっと言ってるな。
「や~だね! 消さないよ。僕の写真だ!」
彼女が焦る顔をしているのを置いて僕は走った。
「・・・・・!」
走る僕を本気で追いかけてくる。結構足が速くて追いつかれそうになったから、加速して走った。
二人とも子供みたいに駆け回った。
かなり走ったけど、枯葉に足をとられて滑ったところでもうギブアップした。枯葉の積もった地面に仰向けに寝転ぶ。
こんな風に走ったのっていつ以来だろう。あみが肩で息をしながらゆっくりと僕に近づいてくる。
「タッチ!・・・・・・・」
いつの間にか鬼ごっこで、タッチされた僕が鬼になったみたいだ。長距離選手みたいにフラフラになっている。
僕はそんなあみの手を引いて、腕の中に抱きしめた。あみは大きく肩を動かしながら息をしている。彼女の心臓の鼓動まで僕の手に伝わってきて、一緒にいるのが夢とか幻ではなくて、現実なんだと僕に教えてくれた。
「……あみ、好きだよ、『大好き』」
「……え?」
耳元で言ったけれど強い風が吹いて、風と枯葉が吹き上がる音でかき消されてしまった。
それで良かった。今だけの愛の告白など、彼女には迷惑でしかない。
舞い上がる枯葉が当たらないようにあみをコートの中に覆い隠した。僕が伝えたい気持ちはきっと言葉では伝わらない。
誰もいない湖のほとり。枯葉に覆われた林の中。
走って乱れた彼女の呼吸が、甘く変わるまでキスをした。
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