テラ引越し

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「あぁ。新入りが来たぞー」 「あ、ウチのところに配置してくれよ。掘削に手が回ってない」 「おいおい。だったらこっちだって開墾作業、間にあってねぇよ」 ガヤガヤと俺の周りでやり取りをしている男達の声で目が覚めた。むくりと起きあがる。 いや、これは夢なのだろう。 明晰夢とか言うやつなのだろう。 ともかく夢の中の俺はそのままぼんやりと、周囲の様子を見る。 今だに口々に何やら労働力として俺を欲しいと取り合っている男達は、宇宙服をスリムにしたような変わった服装をしていた。 俺がいるこの場所は広く。明るく。 壁にカプセルホテルみたいに、四角いガラス越しにベッドが設置しているのが見て取れた。実際にその中で寝ている人も居た。 (我が夢ながら意味が分からんな) 夢の意味が分からなくても、夢ぐらいゆっくりしたい。この夢から醒めたら大学からの深夜バイトが待っているのだ。 そう思いとにかく、地べたでもいい。 また目を瞑り、次は煎餅布団の中で目覚めるだろうと横になろうとした瞬間。 ガッと男の人に肩を掴まれた。 「おい。新人。何を寝ようとしてんだ。いいな。今から言う事を良く聞けよ。理解しろ。一回しかいわねぇからな。ここは金星開拓ジャパン支部だ。お前はここで今から金星開拓をする事になる。あの妙々不動産。アイツらは宇宙人だ。地球に住み着いた宇宙人で、地球の資源に見切りを付けて、次の住処をこの金星に定めて、引越しの準備をかれこれ二百年ほど進めている。あの不動産は宇宙人達が労働者を集める窓口だ。俺やお前みたいに突然消えても不思議じゃない人物が「ジャパンエリア荘」に入居したら、この開拓地に飛ばされる仕組みだ。って、驚くかもしれんが。まぁまぁ、割とここの環境はいいぞ。普通に福利厚生も整っていて移住食も整っているから、前向きに仕事するやつが多い。他の支部と交流を持って此処で家庭を築くヤツも居るほどだ。それでも故郷が恋しくなって逃げ出すやつらもたまーにいるけど、概ねここの環境は良好だ。何より五万ポイント貯めたら俺達ですら、開拓した住居可能なエリアに引越し出来るんだ。もう地球は資源が先細り、環境も悪くなり、もう長くねぇよ。先が見えているんだから、この機会に惑星ごとお引越ししちまえよ。な? なぁーに。住めば都。新生活は金星から始めたらいいんだよ。で、お前さんはどこの現場がいい? イシュタル大陸エリアは広いが、気温がマイナス一八〇度。ラクシュミー高原はちょっと高い場所で地表から十一キロある。アフロディーテ大陸は……って、何、頭を抱えているんだ。え? こんなことなら引越しをしなければ良かった? 何言ってんだ『引越しの三回は火事一回』ってな。諦めろ」 そんなふうに明るく、滑舌良く言われても困る。 これはどうか夢であってくれと言う思いと。 引越しはまだ一回しかしてない! と言う、言葉を何とか飲み込み。 『引越しの一回は万死一生』だと思ったのだった──。
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