テラ引越し

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「事故物件でいいです。幽霊が出ても何でもいいです。目の前が墓地でもいいです。三万円で市内。トイレバス付き。駅近でなんとかお願いします。お金がないんです。苦学生なんです。田舎の農業を継がずに出てきて親の援助はありません。引越し業者にお願いする資金もなくて。自分で全て運ぶつもりです。あ、バイトはしてます。でもそのお金は全て奨学金返済と生活費に消えてしまって。バイト三昧(ざんまい)どころか、バイト五味(ごまい)六味(ろくまい)倍々毎々(ばいばいまいまい)みたいな日々なんです。お願いします。ここの不動産だったら何とかしてくれるって。どんな要望でも応えてくれるって聞いて。あ、お兄さん、凄いカッコいいですね。スマートだし。その黒目がちな円な瞳とか、シルバーのスーツがよくお似合いで。モデルかと思いました。お兄さん、凄いカッコいいですよね! 思わずさっきも言って二回繰り返すほどに! いやぁ。絶対仕事も出来るんだろうなぁ。期待しか無いなぁ。はるばる交通費もケチって歩いてきた俺に、いい物件案内してくれるんだろうなぁ。だから。俺。ハイパーウルトライケメンお兄さんなら、俺の希望の物件を紹介してくれるって信じてます。信じさせて下さい。ねっ!? はぁ。なんで、こんなに都会ってお金かかるんでしょうか。生きてるだけで税金取るなんておかしい。金くれよ。一億円くらい欲しい。あ、すみません。とにかく、お願いします。封印された開かずの間でも、開いて喜んで住みますからお願いしますっ!!」 俺は恥も外聞もなく、街の不動産の机に頭を突っ伏した。 すると目の前のやたらとひょろっとした、容貌の男性が奥の棚からファイルを待ってきて。バンッと机に置いてニッコリ笑った。 「この度は妙々(みょうみょう)不動産にお越し頂き誠にありがとうございます。我が妙々不動産はお客様のどんなニーズに応えることをモットーにし、貧乏で金が無かろうが、成金で金があってもセンス皆無のお客様が来ようが。全て、ご希望の住宅・引越しをお手伝いするのに心血を注いでいる限りでございます。えぇ、引越しは大切ですから! 市内で三万円。きっと、他の不動産に相談すると塩を撒かれて放り出され、その上に追い塩をたんまりとかけられて、塩漬けにされても文句が言えないご要望ですが。ですが! お客様は事故物件でも何でも良いと始めから申されていますので、ここは思い切って事故物件を臆さずに最初からご案内致します。事故物件で新発見。新天地から始まる新生活or死活スタイルを応援していく次第でございます。で、その物件ではございますが、こちら。ファイルの最後の禁断の袋綴じのページです。築三十年ですがリノベーション済みのアパート大穴場。二階の角部屋六畳一間。バストイレ別、駅近、敷金・礼金なしの29292円! 何とも憎々しい価格。はい、普通のまともな人は食い付かないこの物件。事故物件たる所以は近くに何やら古代の遺跡発掘現場があり、そこから何か妙な電磁波が出てるとか出てないとかで。そこに住む住人は次々と姿を消して、五年後にひょっこり出て来たりするそうです。ちょっとしたタイムワープ機能も付いた家だと思うと胸が高鳴りますよね。うふふ。では話したので、早速契約をしましょう。え、此処に来て迷うとかそんな。困りますね。あーあ。今日契約してくれたら引越し代はサービスするのになぁー……。あ、契約します? 本当に? 言質取りましたから。一度契約して破棄をすると、高等裁判所で争う覚悟をお願いします。はい、ではご新規契約ありがとうございます! こちら、契約記念のポケットティッシュを謹んでお渡し致しますねっ」 明るく笑う不動産の店員。 ──そうして。 俺の引越しが決まったのだった。
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