『君だけのために』

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男バレのタコ焼き屋は大盛況だった。 準備に全然参加できていなかった私と昌也はビラ配り担当だ。 2人で色々寄り道しながらビラを配り歩いていた。 「清花、これやっていい?」 軽音部の出店に立ち寄る。 長屋君はいないみたいだ。 「昌也さ、普通に楽しんじゃってるじゃん…」 「ビラ配りの息抜きだよ」 「はいはい」 「一回ね」 昌也がお金を渡して釣竿を受け取った。 糸の先にマグネットが付いていて、同じくマグネットの付いた折り紙の魚を釣り上げる。 幼稚園児みたいで笑える。 開いた折り紙の中に景品が書いてあった。 『ジュース1本。ジャンケンで買ったら2本』 「おっ。はいこれ‼︎誰と?」 ジャンケン待ちの昌也を脇に避けて見ていた。 「手…」 後ろから聞こえる久々のイケボに身体が小さく跳ねる。 「…長屋君」 「ケガしてる」 長屋君が向かい側に立った。 「あ、これ?入場門作ってる時に結構ドジっちゃって…」 絆創膏まみれの右手を近付けて見せたら、長屋君がそっと優しく指先を握ってきた。 相変わらずだな…。 「ピアノ、弾けるの?」 「あぁ、うん。弾けるよ。多分、大丈夫」 言われてみれば色々忙しくて、最近ピアノに触ってなかったっけ…。 長屋君に右手を掴まれたままどうして良いか分からずに俯いた。顔が熱い。 「14時からライブあるから、観に来て…」 「長屋君たち、今日なんだ?あ、後夜祭も参加するんだっけ?」 知ってるくせにわざと知らないふりをする。 「後夜祭…」 「清花ー‼︎ジャンケン勝ったー」 長屋君の声に昌也の声が重なる。 「え?やったじゃん昌也‼︎」 長屋君越しの昌也に答えるのと同時に、右手が強く握り締められた。 「…じゃ、もう行くね。ライブ楽しみにしてる」 「…」 「手…」 「離したくない」 「え?」 横を通り過ぎる集団の笑い声にかき消された長屋君の声は、私には聞こえなかった。 力が緩んで自由になった右手を軽く上げて 「じゃあね」 長屋君にそう言って、私は昌也の所へ駆け寄った。 「清花好きなの選んでいいよ」 「え、いいの?どれにしようかな…」 帰り際振り向いた時、長屋君は後ろを向いたまま俯いていた。
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