『君だけのために』

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「なぁ…」  ふいに左肩を掴まれ、また身体が大きく跳ねる。 「ちょっと付き合ってよ」 「え⁈」  私の返事を待たずに肩を掴んでいた手が、今度は左手を掴んだ。  ぐん…と引っ張られて廊下を走り出す。 「ちょっ」  アンダンテ、モデラート、アレグレット…  そのまま階段を駆け上がって行く。  アレグロ、ヴィヴァーチェ… 「待って待って‼︎」  階段を(のぼ)り切り、廊下を走っている途中で足がもつれて転びそうになる。 「待って待って‼︎歩幅違うから‼︎」  長屋君が突然止まり、対応出来ない私は勢い余って長屋君を追い越した。  転びかけた私を抱き留めて 「ごめん」  そう言って長屋君が笑った。  そのまま肩を抱かれて、連れて行かれたのは音楽室だった。 「ピアノ、弾いてよ」 「怒られるよ…」 「みんな外にいるから大丈夫」 「…何弾けばいい?」 「俺たちの曲に決まってんじゃん」 「…どうかな?忘れちゃってるかも」  鍵盤に指を置いて一呼吸。  嘘だよ…忘れてるわけない。  薄暗い部屋の窓にほんのりと赤く火が反射している。
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