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翌朝、そしてこれから②
リビングでは、巨人があぐらをかいていた。
朝の挨拶と昨日のお礼を口にするが、やはり言葉は通じないようだ。首を傾げられてしまった。
だけど、木製の仮面の奥。そこにある瞳から、彼が笑っていることだけは分かった。よくよく見ると、めちゃくちゃキレイな瞳をしている。どうして昨日は、この瞳を怖いと感じたのか分からないくらいだ。
「それで? これからどうするの?」
続いてリビングに入って来た幽霊が、私に問う。
そう。問題はこれからなのだ。
私は仕事を辞めてしまったばかり。貯金も、決して多くはない。正直、この家に住むのが諸々の面で得策ではある。
ただ問題は、ここには幽霊がいて、仮面の巨人がいるということ。ただでさえ他人とのコミュニケーションを面倒くさがる私に、まさか人間以外とのルームシェアなどできるのだろうか。
……できないことはない、と思う。思いたい。
人間相手以上に面倒で、人間相手では起き得ないようなトラブルの予感しかしないけれど。
それでも今は、その面倒事を楽しみにしている自分を自覚している。
「まぁ。住むしかないよね」
「やっぱり住むのかぁ」
「昨日も言ったけど、法的には私の家ですからね?」
「だから、そんなこと知らないわよ。ここは元々、私の家があった場所なんだから」
昨日と同じ問答である。なんとなく、今後しばらくはこの言い合いが続くような気がしてならない。
もしかしたら、長い付き合いになるのかもしれない。
であれば、早めに聞いておいた方がいいだろう。
「私、丸子瑠美」
手を差し出す。
握手なんて柄じゃない。自分から握手を求めたのって、人生初かもしれない。
まさか、その相手が幽霊になるとは思わなかった。
「……サキ」
幽霊少女はそう言って、握手を返す。
だが彼女の手は、私の手をすり抜けてしまった。
幽霊だから当然と言えば当然。だが、彼女は手を握り返そうとしてくれた。
それだけで十分である。
すると、そこに巨人がゆっくりと手を下ろしてきた。
もしやこれは、彼も握手をするつもりなのだろうか。というか、彼のいた文明にも握手は存在したのだろうか。
色々と聞きたいことは、正直なところ幽霊少女——サキよりも多いのが彼だ。
だが、言葉での交流ができないのでは仕方ない。
「パ、パコ」
巨人はたどたどしく、そう口にした……ように聞こえた。
「パコ? それがあなたの名前?」
そう問いかけると、また仮面の奥の瞳で笑って見せた。肯定、という意味だと取っていいだろう。
少しずつ。時間はかかるかもしれないが、彼とも分かり合っていけるのかもしれない。
そんな気がしてきた。
こうして、私と幽霊と巨人の3人は、父が残したこの家で共同生活をすることとなった。
まったくずいぶんと厄介な家を遺していったものだ。自分では住みもしないで、こんな個性的な面々がいることを知らなかったのだろうか。
(まさか……知っていて、私に遺したなんてことないよね?)
ふと思いついた可能性だったが、私はすぐにそれを打ち消した。考えたところで、答えは出ない。なんせ、死人に口なしだ。
いや、幽霊は存在するのだから。もしかしたらいつか、父の“幽霊”となら再会することができるのかもしれない。
そんなことを考えていた私の意識を、突然響いたノックの音が現実に引き戻した。
昨日の今日だ。警察がまた来たか、またはおせっかいな地元の人が様子を見に来てくれたのかもしれない。
私は大きな声で返事をすると、玄関へと急ぐ。
重く、大きな音のするドアを押し開いた。
しかし、そこには誰もいなかった。さっきのノックは聞き違いだったのだろうか。
「あの~」
声がした。だが、声の主の姿が見えない。
「下。下です」
釣られて、私は視線を下へと移す。
玄関の前。私の視界よりだいぶ下——そこには、一体の地蔵が置かれていた。
どうして地蔵がこんな場所に置かれているのだろう。
さっき帰って来た時にはなかったはずだ。あれば、絶対に気づく。気づかないわけがない。
……この流れ、なんか覚えがあるな。それに、今の声の主は一体誰なのか?
なんとなく。本当になんとなく、理由はないけれど私は地蔵に視線を落とした。
すると地蔵の首が、ゆっくりと私の方を見上げてきた。
「先日、お供え物をしていただきました地蔵でございます」
そう言って深々と、地蔵は石でできたはずの首を曲げ、頭を垂れた。
その様子を見て、私はゆっくりと息を吸う。
何事かと玄関にやってきたサキと、パコも、地蔵を凝視していた。
なんだか思っていた以上に、面倒なことになったのかもしれない。そんな期待と不安を込めて。
私たち3人の悲鳴が奏でるハーモニーが、我が家に盛大に響き渡るのであった。
終
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