瑠美、父を想う

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瑠美、父を想う

 新卒で入社した会社を辞めたのは、つい1ヶ月前のこと。  「3」にまつわる時期は、仕事を辞めたくなるなんて話を聞いたことはあった。でも3か月目も、3年目も特に気持ちは動かず。次は13年後? あ、そういえば13ヶ月後も特に気にならなかったなぁなんて思うことはあった。  辞めたくなったのは、私が30歳を迎えた時だった。  これまで仕事を辞める気にならなかったのは、たぶん本気で向き合っていなかったというだけだと思う。事務の仕事は、感情を殺し慣れている私にはたぶん向いていた。日々数字を追い、スケジュールを追い、ただただ機械的にこなすのみ。  仕事も淡々とこなし。恋愛にも情熱を燃やさず。趣味らしい趣味もない。  だから仕事を辞めようと思った理由は……実を言うと何もない。  退職を申し出たら上司に引き止められ、面倒なので「実家に戻って父の面倒を見るんです」と言ったら、さすがに折れてくれた。  つまり——ウソをついた。  私は父親を、会社を辞める言い訳に使ってしまった。辞めますと言ったのだから、その姿勢を貫くだけでよかったのに。正直、つかなくてもいいウソだったことが、妙に私の胸に引っかかっていた。  父との仲は別に悪くないが、良くもない。  ただ一応、仕事を辞めたことは父に伝えておかないと……思いはするものの、なかなか手が動かなかった。電話するほどにでもないし、かといってメールだと少し冷たい感じになるかな、とか。しょうもないことばかり考え、とにかく動かないことを正当化していた。  そうしたらある日、親戚から電話がかかってきた。  内容は、父が急死したというもの。  私がもたもたしているのを、あのせっかちな父は待ってくれなかったのだ。  それからの日々はあっという間だった。  父は、母を亡くしてからは故郷である北海道で暮らしていた。兄弟の多かった父は、独り身ながら楽しく過ごしていたとは聞いていた。葬式などの手配は父の兄弟がやってくれたので、一人娘である私はただ葬儀に参列するだけでよかった。  まぁ、仕事を辞めて時間はあるのに、さっそく何もしなくていい状況に置かれるとは思わなかった。  そんなこんなで、葬儀はあっという間に終わった。  それから、父の兄にあたる伯父の家で数日お世話になった。父が住んでいた家の片づけをしなければならず、さすがにこれは数日を要するためだ。  ちなみに最初はホテルを取ろうしていた。だけど案の定、「水臭いこと言うなって」なんて引き止められ、泊まる流れを変えられなかった。きっと、一人になった私が傷つき、疲れていると思って放っておくまいとしてくれたのだろう。  ありがとう伯父さん。でもちょっと違うんです。  私は一人のほうが気楽だし、久しぶりに会った親戚の家にいる方が疲れちゃうんです。  ……なんて言えるわけもなく。  数日間、この伯父の家で過ごした日々は気苦労が絶えなかった。いや、伯父さん夫婦はとても良くしてくれていた。私が勝手にストレスを感じる薄情者だっただけ。  ただ、本当に疲れることになるのはこの後だった。  ある晩。伯父が私に、1枚の写真と分厚い紙束を差し出してきた。それは静岡県〇〇町にある一軒家で、なんとこの家の持ち主は父だった。私はこの家を、相続することになるとのことだった。
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