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丸子瑠美(まるこるみ)、田舎にやってくる
「じゃあ、アンタが丸子さんの一人娘かい」
店主の大きな声に、食堂にいた他のお客さんまで、私に目を向けてくる。
大丈夫です。私なんか見ても面白いことありません。別段キレイな顔もしてないし、出るところが出てるわけでもない。鑑賞向きではないアラサーなんて見なくていいんですよ皆さん。
それにしても店主も、なんでわざわざみんなに聞こえるように言うかなぁ。客商売だというのに、人の気持ちを考えるのが下手すぎやしませんか?
「あの瑠美ちゃんかい。こんなにおっきくなってぇ」
「丸子さんは元気にしているかい?」
ほかの席で食事中だった人たちまで、ずいぶんと気さくに声をかけてくる。
私はその一つ一つに丁寧に答える——なんてことはできない。きっと父なら余裕でこなしただろうが、父を同じ対応を求められるのは困る。あんなコミュニケーションおばけと一緒にしないでほしい。
「ははは、まぁ」
愛想笑いも満足にできない。我ながら驚くほど漠然とした返事しかできなかった。
それにしても、今もこんな田舎で名前が知られているとは、さすが我が父である。うん、実に迷惑な話だ。
しかしお客さんたちは私の返事を、特に必要としてはいなかったようだ。当人たち同士で、父にまつわる思い出話が一挙に盛り上がり始めている。
話の矛先はこちらから逸れるなら、とにかくありがたい。
「それで、今日は一人であの家に?」
注文していたホッケ定食を私の前に広げながら、やはり気の利かない(本人はきっと良かれと思っているのだろうけど)店主が問う。
「ええ。なんかだいぶ長いことほったらかしてるみたいなんで、まずは状況確認にと思いまして」
「あそこもだいぶ傷んでると思うぞ。ここ来る間に、いくつも空き家があったろ? あれと似たようなもんだ」
言われて、この食堂に至る道中を思い出す。
都心から電車で2時間。そのあと、「そんな名前の路線あったんだ」と思う聞き慣れない路線の電車に揺られて1時間。
駅の小ささにも驚いたが、駅前にコンビニがないのはもっと驚いた。ナビアプリを頼りに、この町唯一の食堂にたどり着く間。確かに一目で人が住んでいないとわかる空き家が何件もあった。なんなら、空き家のほうが多かったような印象さえある。
「最初の何年かは皆で掃除とかできたんだけどな。今じゃあもう、自分のことで手一杯なジジババだけだから」
「お前もそのジジババの一人でしょうが」
店主の言葉に、年配の女性が笑いながら突っ込みを入れる。
う~ん。このほっこりしたコミュニケーション、居心地が悪い!
「あ。もしも直して使うって言うなら教えてくれよ。手の空いた暇な職人なら、いくらでも町に転がってるから」
「暇とはなんだ! 仕事が来ねぇだけだ!」
また別の席のおじさんが声を上げ、豪快に笑う。
すごい。昼間の食堂なのに、居酒屋みたいなテンション。あ、でもおじさんは確かにビール飲んでる。
「でもあれだな。ちょっと前にも若い兄ちゃんたちに、こんな話したな」
「今は田舎に住むと助成金が出るって話だから。たまに見慣れない連中が来るよ。嬢ちゃんもそのクチかい?」
あー。私は会話なんてしないで、ただ黙してホッケ定食が食べたいだけなのに。人懐っこいといえば聞こえはいいけど、放っておいてほしい人種だっているですよ。この私とか。
「そう……ですね。似たようなものです」
多分。
ほかの人が何を考えているのかなんて、私に聞かれましても。
とにかく。
これはもうさっさと食事を済ませて、目的を果たさなければダメだ。ストレスでどうにかなってしまいそうだ。
もう決心して、私は焼きたてのホッケと改めて対峙した。
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