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赤尻かず60歳
街の公民館では日本全国の伝統芸能講座が盛んに行われている。
なぜこの北の街で、などという疑問を持ってはならない。
そういう街だからである。
赤尻かずが受け持つのはどじょうすくい講座。
生まれた時にはすでにどじょうすくいのポーズをとっていたと噂されている。
かずはものぐさでのんべだがやる時はやる。
どじょうすくいにかける情熱は誰にも負けないのだ。
西 令草はかずが教えた中でも抜きんでた才能を持っている。
人を楽しませることに長けているのと、面白いと思えば羞恥心を忘れられるタイプだからだろう。
難点があるとすればイケメンが過ぎることか。
もうひとり、かずがこの人ならいずれ後継者になれると思っているのがきっくーだ。
小柄な身体と笑顔、集中力、意外なほどの体力。
しかしきっくーはかなりの恥ずかしがり屋なので、それさえ克服できればいいのだが。
今日もきっくーはとても隅っこで熱心に練習を繰り返している。
けれどもほんの少しの憂いをかずは見逃さない。
「きっくー。私の目をごまかせるとは思っちょらんじゃろう?」
きっくーははっとして顔を上げた。
しばらく迷って切り出した。
「かず先生。母の日にうちの花屋のお手伝いをお願いできないでしょうか!」
あの控えめなきっくーが、とかずは感動した。
きっとそれほどまでに追い詰められているのだ。
「きっくー、任せなさい。渾身のどじょうすくいを披露……」
「いえ、できればお花を運んでいただきたいのです……」
「かごと魚籠ならいくらでもここに!」
かずの目は、きっくーが後ずさりするほど底光りしていた。赤尻かずの月影先生並みに鋭いまなざし。
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