算段

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 放課後、僕は意を決して時生の家に向かった。時生は高校では部活をしていない。時生の版画や彫刻の腕を活かせる部はあるのに。多分その原因は僕だ。時生が特技をまた活かせるかどうかもおそらく僕次第だ。  最近は時生は僕に声をかけてこない。放課後も真っ直ぐ帰っているとか。高校での時生の噂も聞かない。中学生のときは、あんなに人気だったのに。  時生の家について僕は、二年ぶりくらいに時生の家のインターホンを押す。中学生のときは毎日のように押していたはずなのに、その手は震えて手には汗が滲む。 「はい。どちら様?」  時生のお母さんの声が聞こえる。 「お久しぶりです。春樹です」 「あら。久しぶり。今開けるね」  時生のお母さんはすぐにドアを開けてくれる。 「時生は部屋にいるから」  時生のお母さんは相変わらず優しい顔をしていた。時生を呼ばずに部屋に行きなさいというのも中学生のときと同じ。変わったのは僕だけなんだろうか。 「ありがとうございます」  靴を脱いで、二階の時生の部屋に向かう。ドアを開けると時生は机に齧りついていた。 「時生……」 「春樹!」  時生は椅子を回して立ち上がる。 「来てくれたんだ! 俺さ、時生のボードゲームの駒作るためにデザイン考えてたんだよ! 見てくれ!」  とても仲違いしていたとは思えない態度で時生は接してくる。どんなゲームなのか、まだ教えていないのに時生は駒のデザインが描かれたノートを見せつけてくる。 「それなんだけど、時生にどんなゲームか教えようと思って」 「いいの!? 俺が最初に聞いていいの!?」  嬉しそうな時生を見ると怒りがだんだんと収まってくる。竜太の言葉も間違いではないと思ってしまう。でも僕は時生と縁を切るために三段を作っているはずなのに複雑でしかない。  勝手知った時生の部屋で僕は腰を下ろす。三段のアイデアをまとめたノートは実は学校にも持って行っている。いつアイデアが浮かぶか分からないからすぐに書き込めるようにだ。 「僕が考えているボードゲームは三段って名前をつけている」 「楽しそう!」  いちいち反応が大袈裟だとおかしくなるが、落ち着いて説明をはじめる。 「前言ったように将棋で言う玉以外は全て同じ動きをするんだ。駒は自陣で十八個。玉は軍帥って名付けた。軍帥以外の駒は前後左右斜め一つずつ動ける。その駒は重ねることができて、二段になると前後左右斜めに二つずつ進める。三段になれば三つずつ進める。軍帥は重ねることができないけど、はじめから三つずつ進める。重ねられる上限は三段までで、そのため三段って呼ぶんだ」 「へぇ。楽しそう! で重ねた駒は重なったままなの?」 「いや。一ターン使うが、離すことも可能だ。一段だけ外すことも二段だけ外すことも可能だ。その動作のときに相手の駒を取ることも可能だ。一段の駒であっても三段の駒を取ることも可能だ。ただ将棋みたいに取った駒を使うことは不可能だ。時生からしたらいけると思うか?」 「いけるよ! 楽しそう! 駒と盤は俺が作るから学校で発表しようぜ! 文化祭とかで!」 「いや。文化祭は流石に遠すぎるだろ……」 「じゃ、そういうイベントを立ち上げよう! その辺は俺がやる!」  時生が本当に生き生きしている。特技もコミュ力も、時生は持てる才能を再び活かそうとしている。 「三段について、時生は不満はないか?」 「ん〜。不満があるとしたら名前かな? 三段ってなんかなぁ」 「そうか……。じゃあ三段をもじって算段とかどうだ?」 「結局さんだんじゃん」  笑った時生はスマホを手に取り、何かしらを打ち込んだ。 「カレンダーにしよう! 算段って英語でCalendarって言うみたいだから! カレンダーで!」  僕もつい笑ってしまった。 「時生は何も変わらないな」 「春樹だって変わっちゃいないよ。俺からしたらね」 「じゃあ駒と盤とイベント立ち上げは時生に頼むよ。僕が考えることはもうない」
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