算段

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「考えておくよ」  濁したとはいえ、僕的にも時生がまた彫刻刀を手に取る嬉しい。それを伝えようとは思わないが、足踏みしているのは時生も同じだ。時生は進んでいくべきなんだ。誰もが認める才能と容姿と性格があるのだから。  食事を終えて僕は教室に戻る。今日の時生は面倒臭いことは言わなかった。教室に戻るとさくらたちがすぐに駆け付けてきた。 「どうだった?」 「うん……。時生に話したら簡単に解決した……」 「そっか。そうだよね。やっぱりそうか」  さくらが嬉しそうな顔を見せる。 「やっぱり違うな」  竜太が眼鏡を押し上げて呟く。 「何が?」 「いや。何でもない」  薄々勘づいてはいる。さくらたちも僕と時生に仲直りして欲しい態度を示している。そうは簡単にいかないだろうし、僕の気持ちもそんなに揺るがない。時生やさくらが嬉しそうな顔をしても、あったことは二度と消えることはないんだ。  その夜、またノートに三段についてまとめる。そこでまた壁にぶち当たる。 「キングって他と同じ動きじゃ駄目だよな?」  将棋もチェスも大きく動けないが、全方向に動ける。ただ、三段は全ての駒が全方向に動ける。他の駒と差を付けるにはどうすればいいか?  前のめりになっていた身体を起こして伸びをする。こういうときは気分を変えるに限る。財布から小銭二百円を取り出して僕は外に出る。  まだ五月なのだから風は涼しい。コンビニに向かって歩く途中、隼人と会う。 「春樹、どこ行くの?」 「ちょっとコンビニに飲み物買いに。隼人は?」 「竜太とのカラオケの帰りだよ。よく行くんだ」 「いいね」  中学生の頃は時生とよくカラオケに行っていたが高校生になってからはカラオケ自体行っていない。ヒトカラとかもちょっと敬遠してしまう。 「今度一緒に行こうぜ。さくら抜きで!」 「さくら抜きなの?」 「さくらと春樹が一緒に行ったら歌えないよ。なんとなく分かるだろ?」 「なんとなくね」  僕を推しだと言うだけあって、さくらの圧はなかなか強い。時生の女性版だ。 「まぁボードゲーム作る息抜きでもいいからさ」 「ありがとう」  隼人と話して、なんとなく気分がすっきりした。隼人と別れてコンビニで麦茶を買って今夜の悩みは解決した。難しく考え過ぎだった。キングは将棋やチェスとは違って、はじめから三つ動ければいい。 「名称も考えなきゃな」  帰り道、独り言を呟くが、それもすぐに思い付いた。 「軍帥にしよう。カッコいいし」  中学生のときみたいにアイデアを思いつきはじめる。どうしようもなく思い出す。僕はこういうのが好きなんだ。時生には言いたくないけど。確かに何かを作り出すのは楽しい。先のことは分からないけど、三段は完成させよう。そう決めた。
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