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終末論
彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
彼の背中に熱視線を送る信者たちが「いまか、いまか」と、彼の起こす奇跡を待ちわびている。
ボウリングの球を構えて、彼は絶望していた。
(ああ、どうして、あんな話を考えてしまったんだろう)
***
事の発端は、仲間とやっていた動画制作グループがいい感じに収益が増えて、法人化しようとした際に「宗教法人にすれば、投げ銭に税金かかんねんじゃね?」と思いついたことだった。
さっそく、グループのリーダーである彼は「救世主」に、仲間たちは「使徒」の役職に就任した。
「あと宗教として教えの書かれた経典と礼拝施設が必要らしい」
使徒の一人がスマホで手続きをググる。経典はTRPGのシナリオ作成が趣味の使徒が適当に書くことになった。礼拝施設は実家が地主の使徒が親から空き家を一軒貸してもらえることになった。
できあがった経典の草案は、そこはかとなくダー●ソ●ルとエ○デン○ングに影響を受けた……いや、限りなくダ●クソ●ルとエル○ンリ○グを悪魔合体したものだったが、みんなあえてツッコミはしなかった。
これらの会議は、すべて平日昼すぎのサイゼリヤで行われた。ワインのデカンタが安くて美味いからである。ミラノ風ドリアとマルガリータピザ、小エビのカクテルサラダ、あとエスカルゴ。なお、エスカルゴを食う使徒は一人しかいない。あだ名はもちろん「エスカルゴ」だ。
救世主は、エスカルゴがエスカルゴを食べるのを見ながら、いつも「カタツムリなんてキモいもの食べるのマジ無理」と常々感じていた。
そんなエスカルゴの話はさておき、彼らの動画チャンネルの熱心なファンたちを中心に、ファンミーティングと称して宣教活動実績を積んでいく。
こうして、最後には親が司法書士の使徒がコネを振りかざし、彼らの団体は無事に宗教法人『バッファロー’666』として設立された。
団体名は使徒の一人が『バッファロー’66』と『オーメン』が好きだったからだ。
救世主は『バッファロー’66』のヴィンセント・ギャロを真似て、髪を伸ばしてゆるいパーマ、それから髭を生やした。女性信者たちからは好評だった。あと、つむじに「666」とタトゥーを入れた。彼はネタに身体をはるタイプだった。
彼らの『バッファロー’666』はそんな感じでゆるく楽しく活動していたわけだ。
そう、あの日までは。
あの日、サイゼリヤで白ワインを飲みながら、エスカルゴの器にフォカッチャこと、いつの間にか名前を変えていたプチフォッカパンを浸してエスカルゴの汁まで食べていたエスカルゴがこう提案した。
「やっぱさー。宗教を盛り上げるには終末論? ってか予言的なの必要だと思うんだよね」
救世主と使徒たちはエスカルゴの提案に「まー確かに?」と頷く。
「どうせなら、バッファローが出てるのが良いんじゃない?」
「666匹のバッファローが襲ってくる」
「あんま怖くねぇな」
「牛は匹じゃなくて頭じゃね?」
「イーストウッドが倒してくれそう」
「荒野の用心棒的な?」
「バッファローってアメリカにそもそも生息してるんか?」
「それはアメリカバイソンな」
そんな話をしながら、予言を彼らは作り上げた。
『終末に備え眠りにつく救世主。そして、666の悪魔の数字がつく年、バッファロー666頭を従えた悪魔軍が襲ってきて、世界を壊し蹂躙しようとする。その時、救世主は復活を遂げ、聖なるボウリングの球でバッファロー666頭を薙ぎ倒す』
サイゼリヤでゲラゲラ笑って、みんな満足して予言会議は終了した。
予言は『デウス・エクス・バッファロー'666』と名付けた。
そして、その予言動画を制作して公開してみたところ、それがあまりにバカバカしかったためか、そもそも彼らのモラトリアム的ないわゆる大学生ノリは飽きられてきていたのか、それ以降、彼らのチャンネルはすっかり人気が下火になってしまい、活動実態と信者をなくした宗教法人『バッファロー’666』も数年後には解散になった。
解散後の救世主の足取りは、使徒の誰も知らない。
***
2666年、救世主はコールドスリープから目覚めた。彼は狂信者たちによって捕らえられ、来るべき終末に備え、科学の粋を集めた技術を総動員させて眠っていたのだ。
目覚めた救世主は、大勢の信者たちを見て困惑した。
確かに預言はしたが、どうして「666がつく年、バッファロー666頭の大群が襲ってきて、世界を壊し蹂躙する」なんてことを信じるんだ。
どう考えてもおかしいとわかるだろう。
こいつらバカなのか?
そんなことを救世主は考えたが、瞳孔の開ききった狂信者たちには何を言っても理解してもらえなさそうだったので諦めた。
とりあえず、その悪魔軍とやらを率いている人物に会いに行くことにした。話しあえば穏便に済むかもしれない。きっと悪魔軍の人たちも困惑しながら役を演じていることだろう。
悪魔軍のトップは、裏切り者の使徒「エスカルゴ」だった。奴も別の団体に捕まってコールドスリープしていたらしい。
「とにかくさ、バッファローで世界を破壊するとかいう意味のわからないことするのやめようぜ? お前だって、こんなこと本当はしたくないだろ? 止めにきたんだよ」
救世主は昔の仲間のよしみで優しく語りかけた。しかし、エスカルゴはこう言った。
「『させない』? 私は漫画本に出てくる悪役とは違う」
やれやれ、とエスカルゴは首を振る。
「三十五分前に起動したよ。世界の全てを破壊する『デウス・エクス・バッファロー'666』をね」
「……お前、ウォッ⚫︎メンのあのシーンの真似したかっただけだろ」
思わずツッコミを入れた。エスカルゴはバレたかと舌を出した。全然、可愛くなかった。
「起動したって、お前……じゃあ、どうすんの?」
「あと五分くらいで、お前がボウリングの球でバッファロー倒さないと世界が滅ぶ!」
満面の笑顔でサムズアップしたエスカルゴの頭を思わず叩いた。
***
エスカルゴに見送られながら、悪魔軍の建物を出ると信者がボーリングの球を持って待ち構えていた。
あと三分らしい。
遠くから土煙を濛々と立ち上げて迫ってくるバッファローの群れ666頭が見える。
救世主は仕方なくボールを受け取ると、三つの穴に親指、中指、薬指を入れて構えた。
まぁ、失敗しても世界が滅ぶだけだ。その頃には自分も死んでるだろうし、誰も責めはしないだろう。
フッと息を短く吐き出す。そして、彼は思いっきりボールをバッファローに向けて投げたのだった。
(了)
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