無為な狐っ娘の日常

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無為な狐っ娘の日常

 夏休みが始まってから、勘解由小路家の次女、莉里(リリ)は、自室で無為な日々を過ごしていた。  幼稚園児故に、宿題の類いはない。あっても困らない。手下のセントバーナードがやるだけだ。  うちの七崎さんは、読み書きも可能なのよさ。 「あー。それはともかく、暇なのよさ。パパと海行きたいのよさ。いや、こないだ行ったから、今度は山なのよさ。張られたテント。焚き火をじっと見つめる莉里を、ふわりと包み込むパパの優しい腕。抱き上げられた莉里は、パパのお膝の上に」  たらーっと、鼻血が垂れていた。 「そして!見つめ合う親娘!暖かな遠火が莉里の頬を朱に染め!遂に、パパの唇は莉里の唇に!大量のお漏らしも気にとめず、パパは莉里の体を優しくペロペロしてうきゃあああああああああああああああ!パパラブリーなのよさあああああああああああああああ!ママには絶対渡さんのよさああああああああああ!」  幼児の妄想世界が、今爆発していた。 「あー。黙って聞いてりゃあ気色悪い。このインセスト狐。パパが籠絡されんでよかったわ。こんな悍ましい妹が、身内にいる不幸は筆舌に尽くしがたいわ」  現れたのは小2の姉、(ジャスパー)だった。 「そりゃああんたも一緒なのよさインセスト姉ちゃん。緑くん裸に剥いてペロペロしようとして、ママに尻ぶっ叩かれたのを忘れたのか。小学生のくせに、生意気なシルクのパンツが、莉里のパンツの横に干されてたのを見て無惨な気持ちになったのよさ。もういいわこんな弟に欲情するインセスト蛇の相手は。来い川峰さんモフモフしてやるのよさ」  姉の口舌の刃を全く取り合わない妹は、ペットを呼んだ。  先ほどまでプールで遊んでいた絶滅種(ニホンカワウソ)が、嬉しそうに莉里に抱きついていた。  この。クソ狐がよくも私の屈辱的な情報を。碧は悔しがっていた。  今、勘解由小路家には、家族が勢揃いしていた。  長男の流紫降(るしふる)は、庭の日陰で鳴神以下の妖魅女をはべらせて、ゆったりとくつろいでいる。 「あー。何か、姉ちゃんと喧嘩するの馬鹿馬鹿しくなってきたのよさ。莉里も年取ったのよさ。莉里のモフモフキングダムは、早くも建国に影を落としてるのよさ。はっきり言ってつまんないのよさ。姉ちゃん、どっか行こうよさ。山でも海でも川でもいいのよさ。水場にクティーラもいるしほぼ完璧なのよさ。このままだと、夏休みがイマイチ面白くないのよさ。クラスの今鹿ちゃんとか手洗ちゃんとか歩木鈴ちゃんも、みんなで家族旅行行ったりして楽しそうなのよさ。家族で出かける。これなのよさ。エグゼクティブなチケット取れたからって何なのよさ?金じゃ孤独感は拭えんのよさ」  と、幼稚園年長さんの発言があった。  今鹿手洗歩木鈴て、ルビ振れ読めんだろうが。  ていうか歩木鈴て。最早人類の名前じゃないだろうが。ポコリンかポッキリンか。ポッキリ行ったのか?名付けた親の知性が。 「あんたの友達酷いわね。主に親の知性が。正気か?」 「(ジャスパー)の分際で何言ってるのよさ。キラキラで済ませてるママの度量に感謝するのよさ。はっきり言ってうちの家庭はどいつもこいつもネーミングセンス皆無なのよさ。あんたもあと7、8年もすれば、己の名前に架せられた、呪詛の重さに喘ぐことになるのよさ。っていうか1番の元凶であるママが平然としてて、尚更憎しみが増すのよさ。そこ行くと、莉里は明らかに勝ち組なのよさ。姉ちゃんはっきり言って、流紫降兄ちゃん並みに読者に名前覚えてもらってないのよさ。作者も、「あれ?こいつにルビ振ったっけ?ていうかこのタイミングで?今更?ああもっと簡単な名前にしときゃあよかった」って思ってるのよさ。この作者の敵っ娘め」  とか、物凄いメタすぎる発言があった。 「結局喧嘩売ってんじゃないのよお前はあああああああああああ!けったいな長台詞と思って聞いてりゃあお前えええええええええ!喧嘩なら買ってやる!ケツ引っ叩いてやる!」  まあ結局こんな有様だった。並び立つ2匹の獣が牙を剥き合っていると、姉が突如、何かを感じてかなたに視線を飛ばした。  母親が向けた視線と、それは、同じ方向を示し、妹が向けた視線はまた、母親がいた方向に向けられていた。  更に、突如現れた護田さんが、子供達を揃って抱き締め覆い隠し、いたいけなその身を守った。  その時、正体不明の米軍機の飛来があった。  その機体には、光忠が戯れに施した、グレムリン効果が潜まれていた。  狂乱したように空を飛ぶ米軍機は、突如、田園調布に達したところで、高度を落としていた。  すれ違いざまに落していったのは、サイドワインダーという、殺傷兵器だった。  蛇行軌道を描き、真っ直ぐ、ロックオンした家屋に照準を合わせて。  その姿はまさに毒蛇。ヨコバイガラガラヘビの名を冠するミサイルは、見事ロックした標的に着弾し、明治より今もあり続ける邸宅は、爆炎と衝撃で完全に崩壊した。  館の主人がよく言う、ベテシメシの名前の通りに。
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