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下着ドロ捕獲
7月も、あっという間に過ぎ去っていった。
夏休みの宿題は、もらった初日に全て終わらせてしまった私は、住まいを寮から赤坂御所に移し、皇族として初めての夏のひと時を過ごそうとしていた。
ああ、おはようお父さん。コーヒー?ありがとう。
砂糖の量も完璧な、育ての父親の淹れたコーヒーを飲みながら私は、
「で、そろそろ吐きなさいよ。お前」
「殿下に申し上げます。そのような物言いは、おやめいただけませんでしょうか?」
うるさい侍従次長。っていうかお父さん。
「おはようございます。静也君。今日も元気でいい朝ですね」
「おはようございます。皇太子殿下。というより父親殿」
逆さにはりつけにされた下着ドロが、そんな世迷言を吐いていた。
その時世間は、っていうか御所内は、夜な夜な現れる私の下着専門の下着ドロに、けったいに震撼していたという。
恐れ多くも国体の象徴たる、皇女紀子様が足を通された下着を狙う奸賊許すまじ!
皇居護衛官が撃ち放った鏑矢――鵺退治の蟇目の音が多重に谺する中、屋根を飛び交う下着ドロの口には、私が履いていたローライズなスキャンティがぶら下がっていたという。
「ああもうこの馬鹿があああああああああああああああ!八瀬童子を食らええええええええええええええええええええ!」
ってなって、怒りの式神アタックを食らった下着ドロが、ぼたりと落ちてきたのだった。
で、何のつもりだ?お前は。私の言葉に、下着ドロは、まっすぐな目で応えた。
「洗濯していた下着に、意味などない。紀子の匂いがしないからだ」
クソボケな下着ドロ――風間静也は言った。
「真に価値があるのは、一日履いていた紀子のパンツだ。ブラジャーは別にいい。日常的におっぱいの匂いは嗅げるしな。貴方にも解るだろうと判断する。紀子の真の父親殿。柔軟剤や洗剤まみれの紀子の清潔なパンツか、尻の匂いが染みついた脱ぎたてのパンツか、どちらを俺が欲すると思う?」
皇太子誠仁親王は、静也を、これは可哀そうなどこかの星から来た生き物、と判断したようだった。
星の環境に適応するのに、こうなってしまって。
何か、実の父親の目には、こいつは水で悶え苦しんで死ぬ、人間らしい心を忘れたジャミった生き物に見えているのだろう。
「御所入りし、寮から引っ越しした紀子の尻の匂い。要はそれだ。それを嗅がなければならない。紀子の体調がしっかり把握出来ないと、どこまでもソワソワ落ち着きをなくしてしまう犬の気持ちを考えたことがあるのか?そういう嫌らしい意図は全くない。純然な飼い犬の飼い犬らしい行動だ」
「解りましたー。誰か、人間がすっぽり入る、ドラム缶を持ってきてください。静也、愚か者の風呂って、知ってる?仰向けに逆さでぶち込まれる前に吐け。残りの、私の、パンツは?出してから逝けお前は」
血走った目で姫は問うた。
愚か者の風呂というのは、昔の書籍に載っていた、ドラム缶で確実に相手を水死させる方法の一つだった。仰向けに頭からドラム缶に押し込まれると、太腿がみっしり缶に詰まって、何もせんでも相手は死ぬ。
ザ・殺人術とザ・暗殺術?うん6歳の頃オクで買った。
「紀子さん、あなたは皇女なのですよ?そういう物言いは慎みなさい」
現れたのは、私の生みの母親、美和子妃殿下だった。
「ああこんばんは。いい夜ですね。貴女を見ていると、紀子の面差しを感じる。いよいよエロく育ったJK。今月、紀子の生理の匂いを嗅いだ時、ホッとしたような、残念なような気がした。娘が生む、子供の育成に興味はありませんか?ぎゃあああああああああああああああああああ!何をするんだ紀子。痛いじゃないか火剋金なんか。まあ俺は子供の頃から殴られたり蹴られたりしていたから、この手の暴力には慣れていると言っていい。寧ろ、もう少しきちんと蹴って欲しい。あばん」
「ああもういい!今すぐ死ね!」
「暴力はやめましょう。君は、皇女なのだから」
「おま――ちょっと黙――お父様?これは私と静也君だけのお話ですので。あとおま――何故、彼に水を飲まそうとするのでしょう?お母様」
顔面の半分が清楚、もう半分がが引きつりまくった、アシュラ男爵みたいな顔になっていた私は言った。
「貴方のことは、テレビで拝見しました。つらい過去を乗り越えて、ご立派になりましたね。殿下、私としては、勘解由小路様のご提案に乗っても、よろしゅうございます」
「お前かああああああああああ!勘解由小路いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「ようやく会えた娘に、このように逞しい彼氏が。でも、子作りなどのお話は、慎重にお願いします。でも、私はおばあちゃんになりたくもありますよ?」
「どいつもこいつも脳みそお花畑か?!殺る!殺ってやるからなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!勘解由小路ゴラああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
私の魂の叫びは、両親達には通じなかったっぽかった。
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