夜桜は女を一際美しく魅せる。昼の桜も以下同文。

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 女は疲れ切っていた。気持ちがどうにかなりそうだった。世の中は桜だ花見だを騒いでいるけれど、彼女は錯乱寸前で、瞳からは涙がこぼれそうだった。 ☆長いコロナ禍が明け、今年は各地でお花見が盛り上がることでしょう。花より団子もご愛敬?  そんな声がラジオかテレビから聞こえてきたが、彼女の耳には届かない。早く楽になりたい。そんな思いがあるだけだ。ふと見れば、首を吊るのに手頃な桜の木がある。彼女は足を止めた。夜桜の妖艶さに負けないほど美しい彼女の顔に、死の影が漂う。 ・花見の場所取り中に異世界転移したけど、手違いだとすぐ戻された。え、もう場所がない!?  そんな新人時代の失敗を、男は春になると思い出す。あの会社に勤めていた頃は、やたらと異世界転移したものだ。その影響だろうか、会社を辞めてから新たな能力に目覚めた。同世界転移能力だ。瞬間移動の一種らしい。転職エージェントという新しい職種に就いたことと関係があるのかな~などと吞気なことを考えながら男は窓の外を見た。 ・窓から公園の桜を眺めて一人花見中、桜の木で首を吊ろうとし始める人が現れて……。  ライトアップされた夜桜と、奇麗な女が見えた。男は彼女に一瞬で心を奪われた。女はスカートの中に手を入れた。男は思わず女を凝視した。女はストッキングを脱ぎ始めた。トイレかな、と男は思った。見ないようにしよう、と一瞬だけ目をそらしたが、再び女を凝視した。女が脱いだストッキングを桜の枝に引っかけた。垂れ下がったストッキングの足の先で輪を作る。男は女が、それで首吊り自殺しようとしていると思った。同世界転移能力を瞬時に作動させる。彼女を助ける。それしか頭にない。 ・桜並木を歩いていたら、彼が「お弁当作ってきたからお花見しよう」と言い出した。……私も作ってきちゃった。  二人は笑い合った。初めて出会った夜から、もう一年になる。女はもう死にたいとは思わない。自分を救ってくれた男の傍に、ずっと居たいと願っている。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!