1. 母の秘密と謎の儀式

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 (一)  ドタンバタンと、階段を駆け降りる音がする。  コーヒーの入ったカップを置く。べつにコーヒーにこだわりはない。目が覚めるために飲んでるため、市販のインスタントだ。 「どっどっどーしよう!!?」  リビング──と俺たちは呼んでいる──に飛び込んできた信は、金髪の人形を掲げてみせた。  ファンシーな猫の模様のパジャマ。ボリュームのある髪は、寝癖でさらにふんわりとして見える。 「どうした」 「せっ、セーラさん、歯が生えてるっ……!」  日本製のフランス人形。信がいつも抱いて寝るそいつ。控えめに開かれた口の中は、色が塗られてないんだろう、上あたりが白く見える。 「前もこんな感じじゃなかったか?」  「ううん」人形を抱きしめながら、信が激しく首を振った。「前は生えてなかった。朝見たら、気づいたんだ……」 「これはあれだよ。命を吸い取る人形ってやつ。おれの生気を吸い取ってるんだ……あ!なんかよく見たら、髪も伸びてる気がする!おれ、呪われるのかな?いつか、おれの身体は乗っ取られて、おれは人形になってるんだ……声も出せないし身体も動かせない。セーラさんのたましいの入ってるおれを見ても、ケンちゃんは気づかない……永遠におれは人形のまま……」  力をなくした信の腕から、人形を取り上げる。 「ほら。見ろよ。こいつが呪いの人形に見えるか?」  そう言い、信の方に人形の顔を見せてやる。  不思議なもので、こういう生き物のかたちをしたつくりものは、光の当たり具合で、表情が違って見える。上を向け、朝日を反射する人形の顔は、穏やかに見えることだろう。  信は、そんな人形の顔をじっと見つめ、やがて、ほっと肩を落とした。 「そう、だよね。セーラさんがそんなことするわけないよね」  人形をバンザイさせてやる。同じように腕を広げる信に、抱きつかせるようにして人形を返した。  「ひどいこと言ってごめんね」信が人形を抱きしめた。 「許してやるぜっつってるよ」 「え、セーラさん、意外と口悪い?」 「……見た目で判断するのはよくないと思う」 「そうだね!ごめんね、セーラさん」  信が人形を撫でるのを眺めながら、コーヒーを啜る。  したいこともなく、フラフラしてたときに、信と再会した。  そしてこれもまた偶然、銭湯で仲良くなったじいさん──『アンタ刺青入っとらんのか!』と初対面でフランクに話しかけてきた、ファンキーなじいさんだ──から、かつて喫茶店をしつつ住んでいたらしい建物を譲り受けた。 『ケンちゃんの力で、困ってるみんなを助けよう!』  信に言われるがまま始めたのは、『謎とオカルト相談所』。  事故物件、謎の心霊現象、その他、科学では解決できなかったあらゆる事、なんでもござれ。除霊師とその助手が、すべてまるっと解決いたします──そんな文句を考えたのは信である。知る人ぞ知るホームページには、その文に加え、電話番号とメールアドレスが掲載されている。
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