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昔々、ある若い領主様が狩りを終えて岐路に着きますと、白い仔犬が怪我をして蹲っているのに出くわしました。哀れに思った領主様は、子犬を拾って館へ連れて帰りました。
「儂の獲った猪肉じゃ。精が付くぞ」
領主様は手ずから子犬に餌をやりました。
よく見れば、子犬はしっかりした脚の、ころころ太った良い仔犬でした。
領主様はこの仔犬をたいそう気に入り、拾と名付けて可愛がりました。
拾はすくすく育つと、大きな大きな犬になり、領主様と狩りへ出かけるようになりました。
領主様が矢を放つと、ぴゅっと駆け出し、必ず獲物を持って帰りました。
「拾や拾や、お前はまことに得難い」
と領主様が褒めますと、拾は白い背中をぴんと張って誇らしげに歩きました。
ある日、小さな宴会の席で、領主様が拾に
「そろそろ儂も奥方様を迎えねばならん。拾、どこかに嫁はおらんか? ん?」
と言いました。
すると拾は、ぴゅっと館を飛び出して一晩帰りませんでした。
翌日、領主様が赤い目をして拾を呼びます。
すると、わんと拾が答えます。目をやれば、拾が身なりの良い女の袖を咥えて走ってくるところでした。その後ろにはそば仕えの女が一人、息も絶え絶えについてきます。
「どうしたことか」
と領主様が尋ねますと、女は
「隣の国から鬼の元へ参る途中、この白犬に呼ばれてこちらに参りました」
と答えます。
「それはいけない。匿おう」
すると侍女が言います。
「この方が行かねば、鬼が暴れます」
「では打ち取ろう」
領主様はつわものを集めました。
「皆の者、鬼の首を取ってまいれ」
領主様がつわもの達を前にそう言うと、拾がぴゅっと躍り出て、わんとひと鳴きすると風のように駆けて行きました。
皆、「拾に後れを取るな」と後に続きますが、もう拾の姿は見えませんでした。
半日かけて、討伐隊が鬼の根城についた頃、そこは静まり返っていました。
つわものたちが根城の門を開けると、そこには、たくさんの鬼の死骸と、たくさんの血だまりがありました。
ガタリ。音のする方を見ると、鬼の大将の首を咥えた大きな赤犬が、屋敷から出てくるところでした。赤犬と見えたのは拾でした。拾は、自慢の白毛を赤く染めて、ふうふうと息を吐いています。
我に返った討伐隊は拾に数人つけると、逃げた鬼を追いました。
領主様の待つ館に帰ると、拾は力尽きました。
領主様は、拾を抱いて涙を流します。
「一番手柄だ。拾や、まことに得難いなあ」。
領主様は、寺を建てて拾を手厚く弔いました。
救われた女は、寺にたくさんの白菊を植え、何度も何度も手を合わせました。
いつしか二人は夫婦となり、領地を良く治めました。
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