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翌日、私は店を閉める貴方より一足先に店を出ました。
昨夜、貴方から送られたメッセージを読んで切なくなりました。
私だって……。
けれども、だからこそ、今日で終わりにするのです。これ以上深みにはまったら取り返しがつかなくなるような気がするからです。
月明かりもない夜でした。辺りが漆黒の闇のなかに溶け込んでいます。うす桜色の桜の花びらだけが浮かび上がって見えます。ほんの微かに甘やかな香りが漂ってきたようで、それは妖しく囁いて私を惹き寄せるようでした。
すべてはこの桜の花の美しさに惑わされたせいではないのかしら──。
暗い闇のなかで貴方を待つ私は、この闇のなかに自分が溶けてなくなってしまうような、そんな心許なさに襲われました。
今すぐこの場から離れて別れてしまった方がいい。
何故か心のなかでそう急かす声が聞こえてきます。このまま帰りなさい、と。
けれども足が動きません。
貴方と二人きりで逢いたい。逢ったら、そうしたら──別れよう。
これでお終いにするのだ。貴方を待つ間も、頭のなかを取り留めもなく、ぐるぐると同じような考えが浮かんでは消えます。
風に、桜の木の細い枝がしなり、花びらが舞い散ります。
私は降り落ちる花びらを受け止めようとしました。
手のひらにひとひらの花びらを認めると私は両手で包み、その手を胸にあてました。
──今日で最後、今日で……。
私は小さな声で繰り返し呟いていました。
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