散りゆく花びらのように、堕ちて

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 すぐに目的地に着きました。  貴方は駐車場に車を止めると、 「驚かないでね」と言いました。  私は少しわくわくしたのを覚えています。  それは細い路地に入った瞬間、いきなり目に飛び込んできました。左手の土手に沿って見渡すかぎりの桜並木です。  薄墨色の闇のなか満月に照らし出され、辺り一面が薄淡いもも色に染め上げられています。   「お花見だよ。息抜きにいいだろう」  貴方は楽しそうに言いました。店で接するよりもっと優しく柔らかな声でした。まるで父親が愛する娘に話すような。    満開の花が咲き誇るように浮かびあがる端麗な姿に、思わず立ち止まった私は、小さな子どものように歓声をあげていました。  笑顔で貴方を見上げると、いきなり貴方の顔が近づいてきて、私にキスをしました。  予期せぬことに驚いて、強く抱きしめられたまま、私は身動きひとつできませんでした。  それは私がそれまで経験したことのない、深い大人のキスでした──。   私は二十歳になったばかりでした。一回りも歳の違う貴方と、しかも結婚している人とそのようなことになるとは、考えてもみないことでした。  ──忘れなければならない。  けれども、私はどんどん貴方に惹かれていってしまったのです。  それまで恋愛経験もありました。しかし、私はかつて経験したことがないほどに、深く貴方を愛してしまいました。    そうして、暫くして私は、それ以上の禁を犯しました。  貴方と結ばれました。奥さまもいる人と……。  それは決して許されないことなのに。  私は引き返すことができませんでした。    貴方の指が愛おしそうに私の体をなぞる、貴方が私のすべてを愛する。私の心も身体もその悦びを知ってしまいました。  それからは罪の意識から貴方と離れたい、けれども離れたくないと心がせめぎ合う日々を送りました。     貴方と出逢って一年経ったころです。  苦しみに耐えられなくなった私は、とうとう貴方に別れ話を切り出しました。  それを聞いた貴方は、 「明日、いつものようにあの桜並木のところで逢おう」と言いました。 「二人で満開の桜を見て、ゆっくり話をしようよ」と。落ち着いた声でした。  その夜遅くに貴方からのラインメッセージが届きました。
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