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こうして貴方と眺めた桜並木を見ていると、あの七年前の日々のことが色鮮やかによみがえってきます。
それは愛おしく、けれども、すべてが苦しく切ない想い出です。
忘れてしまいたいと幾度も思いました。しかし、それは無理なことだと今、はっきりと気づかされました。
散りゆく花びらを眺めていると、私もまたこの花びらのように、なすがままに自分の心に従って生きていきたい──。
風が首筋を撫で、髪がなびいていきます。
それは貴方の手に触れられているような心地よさです。
桜の花びらが舞い、辺り一面に降り落ち、地面もすべてが淡紅色に染まりました。
午後の陽射しのなかを舞う花びらを見ていると、貴方を見ているようで、優しく、そして哀しいくらい愛おしい気持ちになってきます。
まるで貴方が私の近くにいるような気がします。
──しほり、ここにいるよ。
貴方の声が聞こえてきます。
*
貴方と出会ったのは大学生だった私が、バイト先として選んだカフェでした。
若くして脱サラをしてそのカフェを開業した貴方は、すでに結婚をしていました。
人当たりがよく聡明な貴方は誰からも慕われる人でした。
バイトの面接で緊張していた私は、貴方の涼しげな瞳が柔らかに微笑んでいたのを見て、ほっとしたのを覚えています。
店はそう広くはないけれど、清潔感があり、広い窓からは店内いっぱいに明るい光が差し込んでいます。
ほんのりと甘く微かに苦い香ばしいコーヒーの香りが漂っていて、とても居心地良く働ける場所でした。
仕事を始めてひと月が過ぎたその日、私は初めて遅番の勤務をしました。
仕事を終え帰ろうとする私に、貴方は、もう遅いから送って行くと言いました。
電車に乗る時間を入れても三十分もかかりませんからと固辞する私に、
「この店の近くにあるんだけど、見せたいものがあるんだ。そこに寄っても車だったらしほりさんの家まですぐだから、遠慮しないで」と言ったのです。
恋人でもない人と夜遅くにと戸惑いがありましたが、貴方の何気ない物言いに警戒心も解けて、
「お願いします」と、私は言っていました。見せたいものと言われたことへの興味もありました。
両親と実家暮らしをしていたこともあり、上がり込まれることもないだろうという安心感もあったかと思います。
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