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静寂は常に喧騒の傍らにある。
学校を出て、溜め池の脇を通り、小さな坂を下るとショッピングモールがある。
駐車場には車が並び、たくさんの人が建物に出入りしている賑やかな場所だ。
そのショッピングモールの裏へ回ると荷物の搬入口があり、周辺は田園が広がる田舎町。
すぐ傍に内科の病院と、バス停がある。
そのバス停で放課後、友人と待ち合わせるのが日課だ。
夕日が赤く世界を染め、地平線の果てから闇色が迫ってくる時間帯。オレンジと紫のコントラストが、来たる収穫祭の夜を思わせた。
「今、駐車場の横を通ったところだよ。もう着いた?」
携帯越しに、待ち合わせの友人に話しかける。液晶の割れたガラケーだ。
スマホもあるけど、友人にはこれでなければ繋がらない。
「…そうか。ちょうどいい時間だったね。」
電話で話しながら、ぼちぼち歩く。
白いガードレールが真っ直ぐ伸びる一直線の道。歩道を歩く。
目の前にバス停のか細い看板が見えてきた。キャンディの下の棒の部分みたいに見える、ちゃちな印象。
進行方向からバスがやって来て、丁度バス停に止まるところだった。
フロントガラスが真っ黒に塗り潰されたバスが、法定速度よりだいぶゆっくり近寄ってくる。
車通りは他に無く、周囲には人も見当たらない。
停車したバスの、扉の開閉警告音。
「おまたせ!」
やがて到着したバスから友人が降りて来た。ポニーテールにセーラー服の、いつもの彼女だ。
彼女の後ろに続いて、続々と乗客が降りてくる。他の人の邪魔になってもいけないので、ひとまずバスの降車口を離れた。
「そんなに待ってないよ。こっちも、今着いたとこだし。」
携帯を鞄に片付けながら、そう返す。セーラー服の紺色がよく映える。彼女の肌は真っ白だ。
他の乗客も一様に、血の気のない顔色をしている。
真っ白な死に装束の男性も、禿げあがった頭に、白いタンクトップのおじいさんも、ワンピースにかぼちゃパンツの三歳くらい女の子も、ただ黙々とバスを降りる。
このバスの到着時間は決まっていない。昼と夜との境目、太陽が複合商業施設の向こうへ姿を消す前の、ほんの僅かな夜との隙間にこのバスはやってくる。
黄泉の国から乗客を乗せて。
「それじゃあ、行こうか。」
友人に声をかけ、隣を並んで歩き出す。手を繋ぐことも、名前を呼ぶことも出来ない。
「朝になるまで、またゆっくり散歩でもしよう。」
「うん。あ、この前のケーキ屋さん行きたい! 前を通ることしかできないけど。」
「いいよ。よし、じゃあ放課後デートだ。」
僕が笑うと彼女も笑った。
バスは腹に抱えていた乗客を降ろすと、さっさと扉を閉めて走り去って行く。
広い二車線道路を進み、国道に合流する手前の横断歩道に差し掛かったあたりで、姿を消した。
このバスの存在を知ったのは、ほんの二月ほど前の話だ。
以来、この黄昏時の時間帯に、バス停へ向かわない日はない。
いつか覚悟が決まった時、彼女と一緒にバスに乗ることを、夢見ている僕は。
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