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あなたは温泉浴衣の帯で首を絞めた
目の前の男、ウインターサマー・武琉は浴衣を着ている。浴衣といっても温泉宿の揃いの浴衣。よくある白地に青の和柄が入ってるやつ。それを、だらしなく着ている。はっきり言ってかっこ悪い。こんな時にかっこ悪いってサイアク。
私も同じ浴衣を着てる。あたし達、今日は初めて、温泉に来てる。それなのに! 私は頭の中が、心が、カアァっと熱くなり叫んでしまう。
「不倫でしょ! 不倫! あたし、絶対不倫なんかしたくなかったのに、武琉さんのせいで不倫になっちゃったじゃない!」
畳の上にぬらりと立つ武琉さんは、薄い唇で皮肉な感じにほほ笑む。
「だから、ごめんって何度も謝ってるじゃないかぁ」
うわっ、信じらんない、開き直るわけ⁈
「俺だって、早く言おうと思ってたんだ、奥さんがいること」
「お、奥さん……、その言葉そんな簡単に言うな!」
私は、その場にあった座布団を武琉さんに投げつけた。
「イテッ。暴力はんたーい」
武琉さんは眉毛を下げて言う。そんな被害者みたいな顔するなって。騙されてたこっちが被害者なんだから。
「あたしたち付き合ってもう半年だよね?」
「あ、そんなにたつか?」
「半年もあったら、言える時いっぱいあったよね? 武琉さんが既婚者だって」
「だってさぁ、優真ちゃんの顔見てると、なんか言えなくなってさぁ。言っちゃったら、優真ちゃん、別れるって言うかもだろ?」
武琉さんは情けない顔のまま近づき、私の顔を覗き込む。
「俺、優真ちゃんと別れたくなかったんだよぉ」
声が震え、涙目になり訴えてくる武琉さん。
「そ、そうだったの? あたしと別れたくなくて、言えなかったの?」
「うん。俺、別れたくなかったから……」
私はホロリとする。そうか。別れたくなかったんだ。それくらい、武琉さんは私のこと好きなんだ。
武琉さんは私の体を引き寄せ抱きしめる。ずるい。こうやって、抱きしめられたら……。武琉さんの匂い、体のぬくもりに包まれて、ここは私の居場所だって感じて、私は幸せを感じられる……
小さい耳だね。よく武琉さんがからかう私の小さな耳へ。優しい息遣いとともに囁かれる。
「ね。だから、このままでいよ。せっかく温泉にきたんだし」
うん、このまま……温泉……
武琉さんの唇が私の唇に近づいてきて……。いや、ちょっと待ったぁ! 私は叫ぶ。
「このままって? このまま不倫してようってこと⁈」
「ん…、いや、それは、ほら、まあ、温泉つかってからさ」
「温泉出たら、話すの?」
「話すのは……、東京に帰ってからかな」
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