17人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
えええ?! どうしてそういう日の前日に私に会いにくるかなぁ。…いや、わかる。きっといつものパターンだ。武琉さんは創作に煮詰まると、私に会いたがり、ベタベタと甘えてくるのが常だった。
武尊さんはおいおいと泣き出した。まるで、子供のよう。いや、子供ならかわいいが、武琉さんは29歳だからみっともないよ……
「あああ~、終わりだ、もう終わりだぁ、俺なんか死んだ方がましだぁ、どうせ才能なんてないんだぁ~。痛い~痛いよぉ~救急車呼んでぇ」
私は冷蔵庫から保冷剤をいくつも取り出し、武琉さんの右手にそっと当てた。武琉さんは、痛い冷たい救急車を繰り返し叫んでいる。
もしかしたら本当に骨が折れてるのかも。私は慌ててスマホを手に取った。
東京郊外にある武琉さんの畑はまだ薄暗かった。慣れないことをして泥だらけになった私は、泥付きの大根、ジャガイモ、ナスを持ったまま呆然とする。
以前なら、畑で武琉さんと2人で過ごすことは自然派デートという感じであんなに楽しかったのに、今は……。
林に沿った空に薄オレンジ色がさしてきたのを睨みつけ、唇を噛む。あと1時間もしたら、主任に体調不良のメールを入れなければならない。仮病を使って休むなんて、入社してから初めてのことだ。胸がチクチクと痛み、気持ち悪くなってくる……
私は武琉さんに泣きつかれ、ベジタブル・アート制作の手伝いを断れなかった。しかも、何とか午前9時の納期に間に合わせなければならない。
洗った野菜の入った籠を抱えアトリエに入ると、武琉さんはソファに横たわりウンウンと唸っていた。
「採ってきたよ、武琉さん」
横になったまま薄目をあける武琉さん。チラリと野菜を見て、それから作業台へ視線を移す。
「じゃあ、さっそくお願いするよ」
「え? 何を?」
「そこの引き出しに果物ナイフがあるから取って」
「は? ま、まさか、あたしが?」
「当然でしょ。俺、これなんだから」
武琉さんの右手は、夜間病院で巻かれた包帯で2倍位の大きさになっている。痛々しいけれど……
「で、出来ないよ、あたし不器用だから……」
「大丈夫。俺がちゃんと指示していくから。料理の延長だと思って」
私は絶句した。なぜなら、私は仕事の忙しさとストレスを言い訳にほとんど料理をしないから……(だから母の漬物石なんて使うわけがなかった)
最初のコメントを投稿しよう!