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へ? 明日、この宿をチェック・アウトして東京に帰ってから話すつもりなの? それまで、どうしろっていうの? あたし、あたし、もう……
「2人で温泉行きたいって言ったのは、優真ちゃんだよ? だから、今は楽しもうよ」
「……」
信じらんない。この人はまったくダメージを受けてない。つまり、不倫してること、なんとも思ってないんだ。そりゃそうか、自分が既婚者なのを隠して、私に声をかけてきた時点で、そういうことか……
私は、武琉さんの体を押して離れた。そうされて、武琉さんは不思議そうな顔をする。
「優真ちゃん?」
「別れよ」
「え⁈ 本気? ど、どうして…どうしてそんなこと言う? お、俺、優真ちゃんがいなくなったら、どうしたらいい?」
本気で言ってるんだろーか? この人は。もう29歳でしょ。奥さんいるんでしょ。どうしようって、どうにでもなるじゃないか、そっちは。どうにもなんないのは、あたしの方だって。
「どうしてくれるの? あたしの25歳を返して」
「え? 25歳を? どうやって?」
「武琉さん、バカなの? 女の25歳の半年間って、すっごーい貴重なの。返せないの。過ぎた時間は戻らないの」
「そんなことぉ、俺だってわかる」
「ああ、そうですか。武琉さん、私に嘘ついて、騙してたんだよね。謝罪してください」
「謝罪……、優真ちゃん、ほんとに別れるの? 俺と……」
「だって、不倫は嫌なの!」
私はわかっていた。心の奥底では、武琉さんが奥さんと別れるから優真行かないで、と言ってくれるんじゃないか……そう期待している自分を……
その時、突然武琉さんが泣き出した。大の大人がポロポロと涙をこぼす。ウソ泣きではなく、本当に涙があふれ、頬を濡らす。
「や、やだ……武琉…さん……」
私はうろたえてしまう。
更に武琉さんは驚く行動に出た。突如、自分の浴衣の帯に手をかけ、ずりずりとまわし、背中側にあった貝の口を前側にもってくる。まさか、帯を解くつもり? え? え? 何? 裸になってするつもり? まさか、私を縛っちゃう?
パニックになった私はじりじりと後ずさる。だけど武琉さんは手を動かし続け、とうとう帯を解いた。それから、帯を両手で持ってピーンと左右に張って掲げ、
「あはははは。これ、ちょうどいいなぁ」
と声を震わせそう言った。と同時に、自分の首に帯を巻き付け、左右に引っ張ったのである。
「きゃあああああ」
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