あなたは温泉浴衣の帯で首を絞めた

2/10
前へ
/52ページ
次へ
 へ? 明日、この宿をチェック・アウトして東京に帰ってから話すつもりなの? それまで、どうしろっていうの? あたし、あたし、もう…… 「2人で温泉行きたいって言ったのは、優真ちゃんだよ? だから、今は楽しもうよ」 「……」  信じらんない。この人はまったくダメージを受けてない。つまり、不倫してること、なんとも思ってないんだ。そりゃそうか、自分が既婚者なのを隠して、私に声をかけてきた時点で、そういうことか……  私は、武琉さんの体を押して離れた。そうされて、武琉さんは不思議そうな顔をする。 「優真ちゃん?」 「別れよ」 「え⁈ 本気? ど、どうして…どうしてそんなこと言う? お、俺、優真ちゃんがいなくなったら、どうしたらいい?」  本気で言ってるんだろーか? この人は。もう29歳でしょ。奥さんいるんでしょ。どうしようって、どうにでもなるじゃないか、そっちは。どうにもなんないのは、あたしの方だって。 「どうしてくれるの? あたしの25歳を返して」 「え? 25歳を? どうやって?」 「武琉さん、バカなの? 女の25歳の半年間って、すっごーい貴重なの。返せないの。過ぎた時間は戻らないの」 「そんなことぉ、俺だってわかる」 「ああ、そうですか。武琉さん、私に嘘ついて、騙してたんだよね。謝罪してください」 「謝罪……、優真ちゃん、ほんとに別れるの? 俺と……」 「だって、不倫は嫌なの!」  私はわかっていた。心の奥底では、武琉さんが奥さんと別れるから優真行かないで、と言ってくれるんじゃないか……そう期待している自分を……  その時、突然武琉さんが泣き出した。大の大人がポロポロと涙をこぼす。ウソ泣きではなく、本当に涙があふれ、頬を濡らす。 「や、やだ……武琉…さん……」  私はうろたえてしまう。  更に武琉さんは驚く行動に出た。突如、自分の浴衣の帯に手をかけ、ずりずりとまわし、背中側にあった貝の口を前側にもってくる。まさか、帯を解くつもり? え? え? 何? 裸になってつもり? まさか、私を縛っちゃう?   パニックになった私はじりじりと後ずさる。だけど武琉さんは手を動かし続け、とうとう帯を解いた。それから、帯を両手で持ってピーンと左右に張って掲げ、 「あはははは。これ、ちょうどいいなぁ」  と声を震わせそう言った。と同時に、自分の首に帯を巻き付け、左右に引っ張ったのである。 「きゃあああああ」
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加