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「武琉さんの名前の由来知ってる?」
川村さんは私の反応を窺いつつ、それでも言いたいとたまらないという感じだった。ウインターサマー・武琉の由来なんて、今更どうして聞いてくるのだろう?
「武琉さんの? 武琉は本名ですよね。ウインターサマーの方は以前質問してみたけど、笑って答えてくれませんでした。たぶん公にしていないと思いますけど?」
「うん。秘密にしてたよね。達紙さんって、レイさんの本名は知ってる?」
「レイさんって、本名じゃなかったんですか…」
「なんと、レイさんの本名は千冬っていうらしいよ」
「チフユ……」
「千の冬って書いてさ」
「え? えーと……、川村さんがわざわざその情報出すってことは……」
川村さんはランランと瞳を輝かせ、大きく頷いた。
その瞬間、私の頭の中で、カーンッと閃きの鐘の音のようなものが響く。千の冬、千冬、千冬……。武琉さんのベジタブル・アーティスト名であるウインターサマー・武琉のウインターって…、そうだったのか……
「もう、この際だから全部言っちゃうね。達紙さんからすれば、どうしてあたしがレイさんの本名を知っているのかって思うでしょ?」
私はうんうんと頷く。頷くしかない。
「実はね、武琉さんのアトリエでベジタブル・アートの手伝いしてたら、ある人と仲良くなったのよぉ。それで、その人から色々話聞いちゃったわけ」
川村さんは誰とでも仲良くなるだろうし、お喋りも得意だから、相手から話を引き出すのも得意中の得意だろう。
アトリエに出入りできるのは、武琉さんの恋人である私だけだと信じていた過去の自分はまぬけすぎる。実際、武琉さんはたくさんの女を招き入れているのだろう……
「達紙さん大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。もう全部話してください。聞かなかったら、あとでずっとぐちゃぐちゃ考えちゃいますから……」
「だよねぇ。因みにあたしは武琉さんと何もないからね。ま、わかっているとは思うけど」
「はい。は…はは…」
無理して笑おうとしたら声がかすれた。
「達紙さんて、夏子さん知ってる?」
「夏子…さん? いやだ、夏だ…、ま、まさか……」
夏子。夏子。夏子。誰だ……、そういう名前の女に私会ってたかな……
「あたしがアトリエで仲良くなったのって、その夏子さんなわけよ。アトリエの近くに住んでるし、車も持っているから武琉さん、よく乗せてもらっているみたい」
「あっ! わかった、夏子さん」
思い出した。ハーブの飴をくれる女だ。アトリエから三郷のイノンモールへ、ベジタブル・アートの材料を一緒に運んだあの女……
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