終~結末~

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 後日、一週間もした頃だろうか。Dから連絡がきた。 飯でも行かないかと言うのだ。 特段断る理由もない私は、土日を使ってDに会いに行った。 着いて早々Dにレストランに連れ込まれる。 この前と同じ、春の陽気が差す窓際の席でDは話を始めた。 「あの後管理会社に行って話つけてきたよ」 いきなりDが口を開く。 「結論、俺は引っ越しをした」 「引っ越した、ってことはやっぱり事故物件……なのか?」 「ん、なんて言えばいいんだろうな。 俺な、管理会社の人と会って話したんだ。 『隣人の演奏がうるさいし、変な人だ。管理会社さんからも注意してくれないか』 って」 ひそひそとした声で誰にも聞かれたくない態度である。 顔色も優れない。 なにか聞かれたらいけないことでもあるのだろうか。 「そうしたら担当の人。 怪訝な顔してさ、『少々お待ちください』つって奥に引っ込んだの」 私はマンションの冷気を感じた時から、ずっと厭な予感はしていた。 「数十分して戻ってきた担当が顔真っ青にしながら言うんだよ」 やはり隣の人は… 「『申し訳ありません、Dさんの階は。あなた以外誰も入居しておりません』」 なん、だって? 想像の斜め上を行く答えに、一瞬至高が停止する。 もし。それが本当ならば。 若夫婦も 初老のサラリーマンも 私が腕掴まれた隣人もギターの音も 一体、いったい誰だったというのだ。 確かに、Dは挨拶回りをして喋っている。 私も演奏音を聞いて、腕まで掴まれている。 そして帰る際に向かいの部屋に帰っていく若い男性も目撃している。 全て。総て。凡て。すべて。 それは誰だったのか。 Dが引っ越した今となっては、全ては確かめようがない。 「俺はその時、何を言われたか一瞬判らなかったよ。 続けて本当に誰も入居者いないのか確認してもさ 『1階は1部屋、2階がお客様、3階が2部屋の入居者で、その他の入居者はおりません。 近隣の住民からも、音楽演奏での苦情は一切来ておりません』 って言うんだよ」 重い、重い沈黙が流れる。 と、同時に私はおかしなことに気付く。 「待って、4階は誰も住んでないのか」 「4階?誰もいないってよ」 あぁ、やはり。あの深夜のエレベータも、"ナニカ"が……。 もし。 隣人が訪ねてきたときにチェーンロックをしていなかったら。 エレベータの前で"ナニカ"が下りてくるのを待っていたら。 Dが異変に気付かないまま住み続けていたなら。 私やDはどうなっていたのだろうか。 今もそこにマンションは建っているらしい。
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