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「溺死体が発見されました」署内に通報が入った。
早川卓警部は渋々重い腰を上げた。
「林一平、一緒に来い」
「はい」元気な声が響いた。決して事件を喜んでの返事ではない。彼は声も体も大きいのである。
現場は既に規制線が張られ警察官が待機していた。
早川警部はマスクに手袋をしていた。色白で細身の体である。死体を見るなり顔を背け少しよろけてしまった。
「警部、大丈夫ですか」がっしりした体が支えた。
「大丈夫、ちょっと体調が悪い。聞き込みを任せる」
河原の石の上に座り込んで遺体を見ていた。ベテランの鑑識がやってきた。
「アルコールの臭いが残ってます。死後十時間ぐらいですな。あと、首の所に痣が見受けられます。詳しくは解剖後ですな」
遺体が運ばれていった。
立ち上がった早川警部は、走ってくる林を見て大きな犬に見えると思っていた。
「警部、話を聞いてきました。被害者は遠野武。第一発見者と顔見知りだそうです。いつもの犬の散歩で河原を歩いて見つけたそうです」
「とにかくビックリしてね、急いで警察に連絡したんだよ。この辺で知らない人はいないよ老舗の酒屋の社長だからね。仕事柄かよく酒を飲んでたね。恨んでた人は知らないね」
と、言う事でした。
「ご苦労。被害者の家族に連絡した?」
「はい、驚いていました」
「だろうね、それでは行こうか」
「調べてあるんだろう。被害者の家」
立派な門構えの家である。インターホンを押して警察手帳を見せると自動で門が開いた。お手伝いが出てきて案内された。
応接間のソファーにぐったりとしている女性がいた。
「奥様」
声をかけられると気が付いたのか起き上がりかけた。
「そのままで、私早川と申します。こちらは部下の林です。この度はさぞや驚かれたことでしょう。お悔み申します。早速ですがよろしいでしょうか。事務的なことなのですぐに終わりますから。昨晩はどちらにおいででしたか?」
警部の話し方はやんわりとして心地いいと林は思って聞いていた。
「自宅ですわ、ねえ吉田さん」
「はい、奥様と一緒にTVを見ておりました。見終わったのは11時過ぎでした」
「ご主人は帰って来られなかったのですか」
「ええ、気晴らしに一週間出かけると言ってたので、まさか・・・」
「お子様は」
「息子が一人おります。呼んできて」
「ここにいますよ、母さん」
「稔、刑事さんがね昨日の夜どこにいたかって、お部屋にいたわよね」
「はい、部屋でゲームをしてましたけど何か」
「いえ、形ばかりのアリバイの調査です。では、お忙しいところ失礼いしました」
二人は車に乗って署に戻った。
「被害者の家族について、従業員に話を聞いてくるように」
と、林に命令した。
鑑識から連絡が入った。
死亡時刻が20時前後、川の水を飲んでいる。アルコールの量は5合、つまみを食べないタイプらしい。足首に噛まれた傷か。
林が戻ってきて聞いてきた事を話した。
「従業員によると社長は婿養子だそうです。傾きかけた日本酒を海外へ売り込み、また若者向けに発泡酒を作って現在に至るそうです。それから3年前に交通事故を息子さんが起こしたそうです」
「交通事故、被害者は?」
「従業員の花田光枝の息子3歳が飛び出したと聞きました」
「運転してたのは誰?」
「遠野稔、父親を迎えに行く途中の事故だそうです」
話を聞いて何やら腕を組んで考え込んでる。事件なのか、事故なのか?
「花田光枝の家に行くぞ」
と、言って林を引っ張っていった。
「事故の現場は花田光枝の家の前の道路です。子供が家から飛び出したそうです」
早川警部は現場に立ち止まり周りを見渡している。子供たちが道路を走り去って行った。
「林、元気な子供達だなんて見てるんじゃないぞ。あれ?工場はどっちだ」
「花田の家は道路の左側。工場からの帰り道になってる。迎えに行ったのではなく帰りの事故だったんだ」
「キャーッ」
叫び声が花田の家の方から聞こえた。
「急げ林」
言う間もなく走っている。流石忠犬。
花田の家の中で遠野稔が暴れていた。椅子を投げ飛ばしテーブルを叩き倒し家の中を滅茶苦茶にしていた。
「稔君、落ち着いて」身振り手振りで落ち着かせ椅子に座らせた林刑事。足元に割れた写真盾を見つけた。二人の男女が仲良く顔を寄せて映っていた。花田光江と稔の父親遠野武だった。
取調室で早川警部は花田光枝に話を聞いた。
母子家庭でその日は疲れて横になっていた。車のブレーキの音で目が覚めると息子がいないのに気づき外に出るとぐったりした体が道路に横たわっていた。
「私が居眠りなんかしていなければ」と、自分を責め続けていた。
息子が亡くなると仕事を辞め、気落ちしてる所に社長が幾度となく謝罪に来ていつしか男女の関係に。涙を流した花田を家に送るよう署員に頼んだ
早川警部は落ち着いた遠野稔に話を聞いた。
「どうしてあんなことを?分からないでもないが。父親が自分の母親じゃない人と仲良くしてるのは気分が悪いもんだからね」
「僕、父さんが許せなかったんだ」
「それは、運転の身代わりになった事かな?」
「どうして、それを」
「続けて」
「あの日、免許取り立てで運転が楽しかったんだ。だから迎えに行ったんだ。それなのにお酒を飲んで運転なんて絶対ダメなのに断れなかった。父さん酒を飲むと人が変わるんだ。俺の運転を見てろよなんて言ってたら子供が飛び出して来たんだ。時速65㎞止まれないよ。稔お前が運転したことにするんだそう言うと酔いがさめたのか消えてしまった。僕は急いで救急車を呼んだ。絶対助かると思ったのに・・・」
時々涙ぐむ。
「僕の人生はあの時に終わったんだ。みんなの見る目が変わったのが分かって家から出るのが怖くなったんだ」
「そのことを知ってる人は?」
「鈴木専務。辛くて酒を飲んだ時話したんだ。そしたらすごく怒って、
父親が息子に罪を着せるなんてとても許せることじゃないって言って僕の背中をさすりながら辛かっただろうって言ってくれて・・・」
「本当にそうだね、よく話してくれた。ありがとう」
と、言って家まで署員に送らせた。
「林、第一発見者の名前鈴木光司だったよな」
「はい、鈴木専務です」
「話を聞きに行こう」
自宅へ行くと犬の散歩で不在だった。
河原で犬が水を飲んでいた。
「鈴木さん、お話よろしいですか?」
その声に一瞬ドキッとしたように見えた。
「ああ、警部さん考え事をしていて気づきませんでした。何でしょう」
「稔君の事故の件です。聞きました。酷い父親だったんですね」
「私も聞いて驚きました。稔はいい子でしたから信じられませんでした」
「それで、殺したんですか?」
「何を言ってるんですか、殺すだなんて」
「証拠は、あなたの飼い犬です」
「被害者の足に噛まれた跡が残っていました」
「ベンは私を助けようとして・・・」
「話してください」
「あの日、いつもより遅い時間に散歩してたら、社長がタクシーから降りて自分に声をかけて河原に来たんです。稔の事で腹が立っていたのでどうして息子を身代わりにしたのか問い詰めたんです。そしたら急に私の首に手をかけてもみ合いになったんです。そこでベンが社長の足に嚙みついたら、バランスを崩して倒れたんです。足元が石ころですからね川の中に倒れたんです。酔っぱらっていましたからこれ以上関わりたくないと思い帰ったんです。でも、気になって翌朝来てみると死んでたんです」
「警部、今回の事件スッキリしませんね」
「すっきりも何も一番悪いのは遠野武。未成年だから罪が軽いなんて息子に擦り付けた、実業家で成功しても父親失格だね。こういう父親を見ると嫌悪感しかないね」
「ひとつ聞いてもいいですか、警部の御父上は?」
「私の父は私を助けようとして川で深みにはまった。流れが速く溺死だ。だから溺死は堪えるんだ」
「すみません。嫌な事思い出させてしまいました」
「気にするな、私もまだまだ弱い。お前がいてくれるとなんだか落ち着く」
「軽く一杯やって帰るか」
「はい、警部」
二人は並んで歩いて行った。
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