美男美女

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 ヤマトは大学生。今日は大学もバイトも休みなので朝からダラダラとゲームをしていた。昼も過ぎ、腹が減ってきたので、コンビニに何か買い物に行くことにした。自転車に乗りコンビニに向かった。ところが大通りに出る交差点で車にはねられてしまった。ヤマトは空を跳んだ。時間がゆっくり過ぎていく。自分の自転車がグチャグチャになっているのが見えた。「俺はもう死ぬんだな」と思った。もうすぐ地面にぶつかる。そこで記憶がなくなった。気がつくとその事故現場で倒れていた。ただ体は別に異常無い。立ってみると普通に立てた。手や足を見てみるが、特に怪我をしてる様子はない。自転車を探したが、自転車は見つからなかった。何が起きてるんだろう。確かに自分は車にはねられた。しかし全くの無傷で、何故か自転車は消えてしまった。ヤマトは首をひねりながらコンビニへ行き、おにぎりとお菓子を買い、歩いて家に帰った。その時のコンビニの店員がえらく美人だってことを覚えている。それから夕方まで家でゲームの続きをやった。7時頃になり母が帰ってきた。 「あら、いたの?」 「うん」 ヤマトはリビングに行った。そして母の顔を見て驚いた。母もまた、ヤマトの顔を見て驚いている。 「どうしたの、あなた、その顔」 「母さんこそ」 何でも母が言うには、自分(ヤマト)がブサイクになっている、とのこと。ヤマトが驚いたのはその逆で、母がまるで女優のように美人になってたってこと。母は「どうしたの?あなた。事故にでも遭ったの?」と聞いてきた。ヤマトは「事故には遭ったけど」と呟いた。母はその後信じられないようなことを言った。「あなた、その顔じゃ恥ずかしいから外へ出ないでね」と。ヤマトは不満そうな顔をして部屋に戻った。(どうなってるんだ?俺の顔は変わってないはず。帰ってから鏡で何度も見たから間違いない。母さんは明らかに美人になっている。女優だと言われても遜色ないくらいに)。いろいろ考え事をしていると父が帰って来た。母が何か父に言ってる。父がヤマトを呼んだ。ヤマトはリビングに行く。予想通り父も男前になっている。人気俳優、なんて言っただろうか名前は思い出せないが、にそっくりである。父にも「どうしたんだ、その顔は?」と聞かれ、更に「あまり外に出ないでくれ」と言われ、病院に行くことを提案された。ヤマトはイラッとして自分の部屋に閉じこもった。しばらく考え事をしてから、母に「自分のアルバムを見せてくれ」と頼んだ。母は心配そうな顔でアルバムを持ってきた。「大丈夫なの?」と聞かれ「大丈夫だよ」と答えた。部屋で自分のアルバムを見る。男前だ。ジャニーズにいそうな顔である。近くにあった鏡で自分の顔を見る。違う。全く違うと言うわけではなく、かすかに面影はあるが、月とスッポンである。  不安なまま夜が明けた。ヤマトはあまり眠れなかった。薄い希望を持って鏡を見る。ヤマトの知ってるヤマトの顔だ。「あれ?俺、男前の顔になってて欲しかったのかな?違うだろ、これでいいんだよ」と変な気分になった。「いいんだよこの顔で。この慣れ親しんだこの顔で」実はヤマトには彼女がいた。彼女は遠くの県の出身で、アパートに下宿していた。昨日は動揺しててすっかり彼女のことを忘れていた。ヤマトは彼女、マイコと言うのだが、に電話をかけてみた。ケータイを見ると彼女から何度も電話がかかってきていたことに気付いた。電話はすぐに繋がり、彼女の不安そうな声が聞こえてきた。なんでも、ヤマトが事故に遭った時刻に彼女も外で転んで、一瞬記憶が無くなったそうだ。そして目が覚めたら景色は変わってなかったが、周りの人、アパートの隣人や近所の人、は明らかに顔が変わっていた。美男美女になっていたらしい。ヤマトと同じ状況だ。ヤマトはすぐにマイコのアパートに向かった。自転車はないので走って行った。マイコはヤマトを素早く招き入れた。よかった、マイコはマイコのままだ。部屋に入ると二人同時に「どうなってるの?」と言ってしまった。二人でいろいろ喋ってみたが、二人の経験からは「二人以外は美男美女になっている」ということ、そして「二人以外の顔が変わっているだけで、人と人の関係性などは一切変わってない」ということの二点が導き出された。 「これからどうなるの?」と不安そうなマイコ。 「どうしたらいいんだろう。でも一応、今までの生活はできそうな感じだし、とりあえずこのまま生活して、何かあったらまた考えようよ」とヤマトは言った。マイコは不安そうなままだった。ヤマトはふと、美人版のマイコを見たくなった。 「マイコ、アルバムとかこっちに持ってきてる?」 「うーうん、持ってきてない。実家にはあると思うけど」 「そうか」とヤマトは残念がった。 「あ、でもケータイで友達と写した写真がある」 「見せて見せて」 マイコは友達と写っている写真をヤマトに見せた。マイコはこの世界?の自分の写真を見たことがなかったらしく驚いていた。 「めっちゃ美人じゃん」 「そう…ね」 マイコは満更でもない表情だ。 「ヤマトはどうなの?」 ヤマトは持ってきていたアルバムを見せた。 「ハンサムね」 「だろう?」 何故かヤマトは誇らしげだった。 「わたしたちも美男美女じゃん」とマイコは言った。言っておくが、マイコは元々もそこそこかわいく、ヤマトもそこそこ男前だったのだ。とりあえず、この世界ではお互い、美男美女だった、ということを確認してヤマトは家へ帰った。今日はヤマトもマイコも学校へ行く気になれず、休もうということになった。家へ帰る途中、本当に周りが美男美女になったのか調べてやろうと思い、スーパーや駅に寄って帰った。調査の結果、やはりヤマトとマイコ以外は美男美女になっていた。気のせいか、人々はヤマトに憐れみの目を向けているように感じた。家になる帰ると母がいた。母は一瞬「あれ?」という表情を見せたが、すぐに「おかえり」と言った。ヤマトは小さく「ただいま」と言い、自分の部屋に閉じこもった。何で、何も悪いことしてないのに申し訳ない気になってるんだ、とちょっと悔しかった。夜、父が帰ってきた。父はヤマトを呼び「本当に体に異常はないか?」と訊ねた。ヤマトは「ないよ。大丈夫、大丈夫」と言ってすぐに部屋に戻った。部屋に戻ってヤマトは「まあしょうがないよな。突然息子がブサイクになって。そりゃあ父さんも不安になるよな」と思ったがどうしようもできない。それからもしばらく大学には行かなかった。父も母も察してくれたのか、そのことについては何も言わなかった。マイコはやはり不安そうで、ヤマトは毎日マイコのところへ行った。状況は二人とも同じはずなのに、ヤマトがマイコを慰めるという構図がずっと続いている。ヤマトは、俺、損してる、と思ったが、自分には父と母がいる。それに比べてマイコは一人だ、と自身を納得させた。  一週間ほどが経ち、ずっとこうしてもいられない、ということで、二人は大学に行くことにした。朝、ヤマトがマイコのところへ行き、二人で大学に向かった。大学に行く途中、二人の共通の友人に会った。それまで人に会いたくなくて、ヤマトもマイコも誰にも連絡してなかった。 「どうしたの、久しぶり」と言い、友人は二人の顔をじっと見た。ヤマトとマイコは恥ずかしかったがその視線に耐えた。 「久しぶり。ちょっといろいろあって。連絡できなくてゴメン」とヤマトは言った。友人は何か言いたそうだが何も言わない。もちろんその友人も男前になっている。そのまま友人は分かれて先に大学に向かった。ヤマトはマイコに「そりゃ、友達がカップルで逆整形したら引くわな」と言った。マイコは「変なこと言わないでよ」とたしなめた。大学に着いて授業を受けたが、誰も二人の顔のことには触れなかった。授業が終わり、二人は落ち合って二人で帰った。  それからは日常が戻るかと思われた。言うてもちょっとブサイクになった男女がそれまでの世界にあらわれただけなのだから。だがちょっとした違和感、不安感は拭えなかった。ヤマトの父は健康診断を求めてくる。ヤマトは断っていたが、母まで言ってくるようになったので仕方なく受けに行った。結果は予想通り、異常なし、だ。ナントカ値もナントカ値も。全て、異常なし。その結果をヤマトは両親に叩きつけた。これで黙るかと思いきや、今度は整形を勧めてきた。両親の立場からすると、いきなり息子がブサイクになった。なら元に戻したい、というのは当然のことだろう。しかしヤマトは乗り気にはならない。煮え切らない態度で接した。マイコの方は女性だけあってヤマトよりは深刻である。親元を離れていることもあり、不安に押し潰されそうだった。マイコは本屋でバイトをしていたが、周りから「何でわざわざブサイクに?」といった心ない悪口を言われた。マイコは言い返さなかった。というより言い返せなかった。マイコの立場からは、知らんがな、としか言えない。美男美女の世界でヤマトとマイコだけが普通である。世界でたった二人の普通。この事実は二人の絆をよりいっそう強くした。ヤマトにしてもマイコにしてもお互いのパートナーより美形はいくらでもいる。それでも現段階ではお互いがお互いを選んだ。ということで以前よりも性の営みの回数は増えた。気持ちいいから、というよりは何か義務的な理由でセックスをしている。行為が終わったあと、二人はお互いの顔を見ながら抱き合う。何かを確認し、何かに安心したように。  事態はまた悪化した。ある日、心ない写真週刊誌が二人の事を嗅ぎつけたのだ。二人で買い物してマイコのアパートへ帰るときに撮られた写真だ。写真には目線が入っているが、見る人が見ればあの二人ということは一目瞭然だ。「逆整形をした二人。何故?」という刺激的な見出しを付けられて。ヤマトはその写真週刊誌を持ってマイコのアパートへ行った。 「これ、見た?」 「ネットで少しだけ。えっ?こんなにはっきりと写ってるの?」 「うん。俺たちだったバレバレ」マイコは完全に引いている。 「どうして?何も悪いことしてないのに」 「だよね」とヤマトは言ったものの、これからどうすればいいかは全く浮かばない。好奇の目に晒されるんだろうな。嫌がらせされるかもしれない。将来は混沌としている。  次の日から、明らかに誰かに見られていると感じることが多くなった。大学の友達も信じられない。というのも大学の友達でしか撮れないようなアングルの写真が、その後の写真週刊誌に掲載されたからだ。マイコはますます弱ってバイトも辞めてしまった。そしてヤマトに頼りっきりである。二人はほとんどの時間を二人で過ごすことになった。今までよりも頻繁に性の営みも行われた。そのような生活が何ヶ月か続いて、マイコの妊娠が発覚した。マイコは産む気満々だ。ヤマトはまずいことになったと思って、両親に相談してみた。父は第一声、「何をやってるんだ。お前たち、大学もあまり行ってないだろ?」 「マイコは産みたい、と言ってる。俺も責任を取って、大学を辞めて二人で育てたい、と思っている」 「せっかく大学までやったのに…」父は殴りかからんばかりだ。 「マイコは俺が守らなきゃいけないんだ」と強く言う。父もかぶせてより強く言う。意外なことに母が「まあ、あなた、いいじゃない。若い二人に任せたら」と言った。父は「何を言ってるんだ、お前は」と更に怒りを爆発させた。母は怯まず「あなた、あなたは若いころ、責任を取らなった」と二人の過去を蒸し返した。父はひるんで「それは…」と口ごもった。母は何か父に耳打ちをして、父は大人しくなった。母は「行きなさい」と言った。ヤマトはうなずいてマイコの元へ向かった。ヤマトはマイコに「大丈夫」と言って抱きしめた。マイコの体が燃えるように熱い。  その後、とうとうマイコの妊婦姿が撮られてしまった。世論は「二人の間の子供の顔の予想」を始めてしまった。下世話だが、こういうのが世論は大好物だ。とんでもないブサイクが生まれる、との予想が大部分を占めている。さすがにこれはマイコには見せられない。ヤマトは遠ざけたつもりだったが、どこからかマイコの目に入る。 「何でそんなこと言われなきゃならないの」涙をこらえながらマイコは言った。ヤマトはどう慰めたらいいのか分からなかった。それどころかとんでもないブサイクが生まれるんじゃないか、と恐れた。二人の複雑な思いの中、いよいよ出産の時が来た。出産に立ち会い、ヤマトはずっとマイコの手を握っていた。産まれた!「かわいい女のお子さんですよ」と看護婦は言った。とんでもないブサイクかどうかは今は判断できない。とりあえず出産おめでとう、だ。何日かして家に帰る。幸い、ヤマトの父と母が、家へおいで、と言ってくれたので、マイコの不安はだいぶ解消された。  ただ、マスコミは執拗に狙っている。が、一年経ってもかわいい。二年経ってもかわいい。小学校へ行くときもかわいい。中学へ行く時もかわいい。高一の時は超人気アイドルグループにスカウトされた。世の中のどの美男美女よりも美女に育った。マスコミはこの子の特集を組んだ。それをきっかけに美男とか美女とかの価値観にほころびが生じた。
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