誕生日

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 「そこで、靴、脱いでください」  彼女は、玄関前に敷いてある少し広めの マットを指差した。  「あ……りがとう」  彼は、マットの上で靴を脱ぐと、 一歩、足をマットの外に踏み出した。  ギシギシギシギシ……。  木床のきしむ音に心地よさを感じると、 同時に彼は部屋の中を見渡した。  広めのワンルーム、木床の部屋、 小さなキッチンと冷蔵庫、部屋の片隅には つい立てに隠れたベッド、バスルーム等と 収納スペースのドアが見えた。  部屋の中央には、二人掛けの丸テーブルと椅子。    そして、窓に近い場所には、何色もの色が 重ねられたキャンパスが置かれ、その横には いくつもの絵具とパレットが置かれていた。  ドアを開けた瞬間に彼の臭覚を刺激したのは、 室内に漂う油の匂いと独特な絵の具の香り……。  彼は思わず、  「君……画家さんなの?」  と呟いた。  彼女は、少し恥ずかしそうに、  「画家……なんて…… 絵描きさん……くらいかな?」  と言った。  「同じじゃないの?」  彼が聞き返すと、  「ちがうよ、私そんなに有名じゃないから」  と彼女が答えた。  「座ってよ……それに、キャップ取れば?」  彼女に促された彼は、 被っていたキャップを外し、 鞄を床に、部屋の中央のテーブルの上には 手に持っていたケーキの小箱と 簡単に包装された小さな花束を置き 椅子に座った。  コポコポコポ……。  すりつぶされた珈琲豆にお湯が落とされると、 ゆっくり、ゆっくりとフィルター内に浸透し、 マグカップに水滴になった珈琲が ポタポタ落ちて行く。  彼がその光景を見ていると、  「ごめんね。手動で……」  手にコーヒーケトルを持った彼女が言った。  「いいよ。喫茶店みたいで、イイ感じ」  と彼が呟いた。    温暖色の柔らかい灯りと、  珈琲の香ばしい香り……  そして、部屋中に漂う油絵の具の香りに 彼は今、自分がいる空間に安らぎを感じていた。  カチャカチャカチャ……コトン。  「どうぞ……」  彼の前に不揃いのお皿とフォーク。  そして、珈琲が注がれたマグカップが置かれた。  自分の前に座った彼女に、  「じゃあ、ケーキ食べようよ」  と言うと、彼は小箱を開けた。  「わぁ……このケーキ凄いね  ゴージャス。ね、どこのお店のやつ?」  目を丸くした彼女が彼に聞いた。  「えっと……わかんない……な」  頭をかきながら説明をする彼に彼女が、  「誕生日っていうのは、本当なんだね」  と呟いた。  「え? どうして?」  聞き返す彼に、  「だって……ほら、23歳、おめでとうって 書いてあるよ」  そう言うと、箱の中に添えるように入れられた チョコレートに書かれたメッセージを指差した。  「あ……うん、俺、今日で23歳」  彼はテーブルに置かれたマグカップを手に取ると 彼女の目の前に掲げた。  彼女もマグカップを手に取ると、 彼の目の前に掲げ、  「じゃあ……誕生日おめでとう……ございます」  と言うと優しく微笑んだ。      
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