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入学式
「.....眠い」
さっきから知らない大人が、俺らに向けてずっとお祝いの言葉を言ってる。
素晴らしい高校生活とか、新しい学友とか同じような言葉が、何回も繰り返し聞こえてくる。
「....ふわぁ」
やばい.....
あくびまで出はじめた。
俺は中学の終わりの長い春休みを、満喫し過ぎた。昨夜も今日が入学式だというのに、朝方までゲームをしてた。
駄目だ.....眠すぎる。子守唄にしか聞こえない大人の話をじっと耐えながら、目をしぱしぱさせて前を見る。
「ふぁ……ん?…」
何回目かのあくびをこらえた時、視界の端に綺麗なチョコレート色の髪の毛が見えた。俺より一列前の三人右側。
ふわっと揺れるチョコレート色の髪と、少しだけ見える白い頬。
柔らかそう....指でつんつんってしてみたくなるような....
眠さでぼおっとしながら、見つめ続けるその姿。
前を向いていたそいつが、隣のやつに話しかけられて不意にこっちを向いた。
ぷにっとした唇で何か話してる。
そして....笑った。
こっちまで笑顔になりそうな糸目。やっぱり触れてみたくなる頬。
可愛い.....
いやいや.....良く見ろ………相手は男だ
でも.......めちゃくちゃ可愛い。陽だまりのような笑顔
話が終わって、また前を向いてしまったけど、俺は少しだけ見える彼の横顔を見ていた。
「D組退場」
その声にバタバタと周りが立ち上がり、俺も慌てて立ち上がる。
一緒に立ったってことは…….....同じクラスだ。
俺はすっかり目も覚めて、一緒に退場する彼を目で追っていた。
クラスに入って指定された席に座る。
やった窓際だ。皆がガヤガヤと自分の席を探して座るなか、さっきの彼を目で探す。
居た。二列隣の斜め前の席。
彼の方を見ようとすると、やたらと他のやつと目が合う。なんだかそれが嫌で窓の外を見ていた。
「....時間がないから自己紹介は明日な」
あんなに長く感じた入学式とは裏腹に、あっという間に終わったホームルーム。
名前......分からなかったな。
残念な気持ちを抱えながら、俺は本屋に向かって自転車を走らせていた。
本屋に入って辞書を探す。指定の辞書なんて面倒なんだよ………
「....あれだな」
近づいて本に手を伸ばすと、同じように横から伸びてきた手と重なった。
そこには、ちょっとびっくりした顔の彼。ふわっと揺れるチョコレート色の髪。凄い偶然に、ちょっと嬉しくなった。
同じ辞書が必要な筈なのに、俺に辞書を譲ってくれる彼。「もう一冊ないか聞いて見る」って言ってたけど、大丈夫かな....
「...やっぱり無かった?」
案の定、何も持たずに出てきた彼に声をかけた。
「....あぁ。うん。でも別の本屋に行くから」
「だよな。同じクラスだから、貸し借りもできないしな.....」
「じゃあ乗れよ」
自転車の荷台を叩いた。
もう少し話がしたい…………
「えっ....いいよ。大丈夫だから」
「いいから」
少しだけ驚いた彼を、無理やり自転車の後ろに乗せた。
春の香りの中、制服の袖を少しだけ捲って走り出す。
「「うわぁ」」
二人で通る桜の花びらのトンネルに、俺のテンションが上がる。
そうだ......
「.....名前なに?」
「....え、あの...僕は、春人。藤岡春人(ふじおか はると)」
「....俺は吉岡桃李(よしおか とうり)。春人、軽すぎるな。飛んでいきそう」
同じ男なのに、俺よりずっと華奢な春人を落とさないように、腰に手を廻させる。小さな手。走り出すと、ギュって掴まるその手。
「......やっぱり.....春人可愛いわ」
思わず呟いた言葉。
春の風が運んで来たこの出会い。何かが始まりそうな予感に、胸がドキドキしていた。
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