桜の咲く日に消えたあの人を今も待っています

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第4話  園田は斜面を下り、なだらかな山を真っ直ぐに降りていった。 水の音で水場を見付けると、ビニール袋が落ちていて、清香が急いで逃げたのか土に慌てた足跡が付いていた。 「何かあったんだな」 園田は周辺の地面を探索し始めた。 すると、平安時代にはない個包装の飴が落ちていた。 「これはわざと落としていったのか?」 園田は長い木を2本手に取り、水場と洞穴の間に地面深く刺して目印を立てた。 そこから飴の落ちていた場所に戻りさらに周辺を探して、個包装の飴を見付けた。 「こっちの方向だな」 園田は長めの木を見付けると拾って、今来た道に深く突き刺した。 しばらく歩いていくと木々が開けて、山荘らしい建物が見えてきた。 誰も出てこない事を確認すると、素早く山荘の中へ身を潜めた。 「川越さんはどこだろう?」 園田は体を低くして、部屋の外から話し声がしないか様子を見て回った。 「女はどうするんだ?都に連れていくのか」 男の声が聞こえてきた。 「まさか、あんな喜天烈な着物を来た女を都に連れていったら笑い者になりますよ」 清香を連れ去った男のようだ。 「では、今晩遊んで始末するか」 「遊んだ後は、狩りの獲物にするなり奴隷として売るなり使えますよ」 「そなたは頭がいい。わははは。それで女はどこにいるんだ」 「外の物置に縛ってあります。風呂に入れてからでないと屋敷に上げたくありませんから」 まるで清香を汚い物扱いで不愉快だったが、屋敷の外なら助かった。 その場を離れて外に出て、物置小屋を探す。 山荘の裏手に物置小屋があったが、見張りが付いていた。 園田は覚悟を決めて、持ち歩いていた太い木の棒をしっかりと握り締めた。 剣道の竹刀よりも太いが、両手なら問題ない。 剣道をする者は、棒があれば10段と言われどの武道よりも強いとされている。 「気合いの声はかけれない。心で叫んで一気に打つ」 園田は一気に見張りの男に襲いかかった。 見張りの男はあっという間に頭を打たれて、その場に気絶してしまった。 物置小屋のドアは引戸で、外から簡単に開ける事が出来た。 「川越さん」 園田は中に入り声をかけた。 「園田さん、どうして」 清香はまさか今日知り合ったばかりの他人を助けに来てくれるとは思ってもいなかった。 「話しは後だ。急いで逃げよう」 拘束された清香の紐を柱から解いて外した。 「ちょっと待って」 園田は、見張りの男を引きずってくると柱に縛り付ける。 そして積み上げていた薪に近くの藁を積み上げてライターで火をつけた。 「っ」 清香はまさかの行動に驚いて言葉も出なかった。 「よし。急いで逃げよう」 園田は、物置小屋のドアをしっかりと閉めて清香の手を引いた。 二人は元いた山に逃げ込んで、後ろを振り向かずに懸命に走った。 「はあ、はあ」 目の前に、園田が突き刺した木が何本も見えてきた。 その木を抜きながら、辺りに投げ捨てた。 敵が追ってきた時に気が付かれない為だ。 二人は途中の水場でビニール袋に水を汲んで洞穴に向かった。 「はあ、はあ、はあ、宮下君、無事ですか」 清香は両手を膝に置きながら荒い息を整えた。 膝もガクガクだ。 「川越さんこそ無事だったんだね」 「はい」 清香は山の中を走り回り痛む足を引きずって宮下の元に駆け寄った。 「園田さんも、お帰りなさい」 「宮下君、傷は大丈夫?」 「はい、痛み止めを飲んだら少し楽になりました」 宮下の落ち着いた表情に二人も安堵した。 「これから、どうしましょう」 「勝手な思い込みかもしれないんだが、俺達が倒れていた木が分かれば行ってみたいと思うんだが」 「なるほど」 宮下は園田の意見に賛成のようだ。 よく分からないという顔をしている清香に2人が説明した。 「この時代に来てしまった時にいた場所が、俺達のいた時代と繋がっているんじゃないかって事なんだ」 「え?それってどういう?」 「小説でも異世界転生が流行りだけど、昔は過去や未来につながる場所や条件が定番だったんだ」 「はあ」 清香は分かるような、分からないような返事をした。 「俺達に出来るのはこちらの時代に到着した場所に行って、帰れるか確認する事だと思うんだよね」 「そうですね。何事も試してみないとですね」 清香も納得したようだ。 「でも場所は覚えてますか?」 宮下は正直、矢を射られた事でパニックになり記憶もあやふやだ。 「ああ、俺は走り回って山の位置がなんとなく分かった。そもそも小さくて低い山だからな」 「でも宮下君の足は動いて平気でしょうか」 「俺は平気だよ」 「敵もこんなに小さな山だといつ山狩りが始まるか分からないから、早く試した方がいいだろう」 「いつ行きますか」 「今なら外も薄暗くなってきた。これからどうだろう?もしくは早朝、人目に付かない時間帯がいいと思ったんだが」 「┅┅」 「どうした?」 何か言いたげな宮下に園田が声をかける。 「あの過去から戻るのにキーワードになるのが、時間や月の満ち欠けとか嵐。せめて来た時間に合わせた方がいいかと」 「なるほど」 園田が頷いた。 「そうすると、飲み会は土曜の14時からだったけど、酒飲んで起きた時には明るかったから16時位か?」 「いいえ、4月だと18時を過ぎてもまだ明るいですよ」 「早めに行って待機しているしかないか」 「とにかく体を休めて、15時30分に洞穴から出発して、目的地に向かおう」 「早く休みましょう」 「でも少し寒いですね」 清香が両手で自分の体を抱き締めた。 園田は座ったままで、地面に積もっている黒い砂を手ですくい火にくべた。 すると火の勢いが強くなり。寒かった洞穴が暖かい空気に包まれた。 「うわぁ、魔法みたい。何ですか、その黒い砂?」 宮下も清香も興味津々で園田を見た。 「内緒」 実はその黒い砂は蝙蝠の糞なのだが、二人が嫌がるかもしれないので言わないでおいた。 ◇◆◇  3人は腕時計を見て15時30分に洞穴から出て、園田の記憶を頼りにこの世界に来た時にいた木を目指した。 その場所は思ったよりも近くて、確かに見た覚えのある木だった。 3人は肩を寄せあって木の根元に座り込んだ。 16時を過ぎたが、何も起こらない。 何を言っていいのか分からず無言の時間が過ぎていった。 「あそこだ」 遠くから、公達の仲間に知らせる声が聞こえた。 「2人は伏せて隠れていて」 園田は止める間も無く飛び出していった。 びゅう~ん 矢が放たれた。 「いたぞ」 園田を追う声が聞こえた。 その時、突然、木の根元が光輝き始めた。 「園田さん、戻ってきて下さい」 二人は見付かるのも気にせず叫んだ。 「俺に構わず行けぇ」 園田の声を聞いた瞬間、清香と宮下の体を光が包み込んで、世界がクルリと反転した。 ◇◆◇ 「園田さんっ」 二人は同時に叫んでいた。 いつの間にか上野公園の桜の下に座り込んでいた清香と宮下は辺りを見渡した。 園田が現れるのではないかと思って。 けれどいつまで待っても、園田は姿を現さなかった。 薄紅色の桜だけが変わらず美しかった。
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