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第1話
今年入学して、サークルでも一番下っ端の川越清香と宮下幸司は、花見の場所取りの為に二人で上野公園に来て、桜の下にブルーシートを敷き詰めた。
清香は小柄で、さらさらロングヘアが可愛い一見して日本人形みたいな女性だ。
宮下は見た目は今風で髪を茶髪に染めているが、大学デビューなのでマネキンが着ている服をそのまま買って着ている。
美しい薄ピンクの桜の下には、所々でブルーシートが敷き詰められて、場所取りをする人が寝ていたり、一人で酒盛りを始めていた。
「おおっ、宮下君、川越さん、ご苦労様。良い場所取ってくれたね」
一学年上の早川先輩が声をかけてきた。
親切で話しやすい先輩だ。
「お疲れ様です。皆さんは?」
「酒と食料を買いに行ってるから、直ぐ来るよ」
「お酒買ってきたよ」
サークルの先輩10人以上が酒や食料を買ってやってきた。
「お弁当もあるし、ビールに日本酒、サワーもあるからね」
ブルーシートの周りに靴を脱いで、皆が食べ物を囲むように座り始めた。
「ではお集まりの皆様、本日は食べて飲んで親睦を深めましょう。乾杯」
「乾杯」
近くに座る者同士が紙コップの酒を交わしている。
酔い始めた先輩達は、卒業した園田先輩も誘いたかった。
園田先輩に会いたいと騒ぎ始めた。
どうやらイケメンでカリスマのある先輩がいたらしい。
「卒業した先輩をそんなに歓迎してくれるなんて嬉しいな」
噂の卒業した園田が顔を出した。
「ジャジャーン、園田先輩を誘っておきました」
サークルの会長を引き継いだ佐藤が自慢気に立ち上がった。
「偉いっ」
「よっ、会長」
園田を誘った佐藤を皆が持ち上げた。
「おっ、新入生か」
「はい、宮下幸司です」
「川越清香です」
宮下と清香は、園田に自己紹介をして会釈した。
「若い女の子の隣で、飲みたいな」
園田が宮下と清香の間に割って入り、胡座をかいて座った。
「ビール、サワー、日本酒どれがいいですか?」
宮下は紙コップを用意して園田に手渡した。
「ビールは女の子のお酌で飲みたいな」
園田の希望で清香が酌をして紙コップにビールを注ぎ、グイッと半分まで飲んだ。
「さあ、君達2人も飲んで、飲んで」
清香は園田が後輩から人気がある理由がよく分からなかった。
チャラ男みたいで苦手に感じたのだ。
宮下と清香は園田に酒を注いでもらって、グイッと喉に酒を流し込んだ。
「あ~。学生はいいなぁ。もう一度大学生活を送りたい」
2人は園田の愚痴を黙って聞いていた。
それから一年生で先輩の酒を断る事も出来ない2人は、注がれるままに酒をあおった。
大学に入るまで飲酒の経験がない清香は酔って宮下に寄りかかる。
飲酒の経験はあるものの、まだ酒に弱い宮下も酔っぱらって園田に寄りかかる。
いつもは酒に飲まれない園田も、久しぶりのサークルメンバーとの飲み会にピッチが上がり飲みすぎていた。
まるでドミノのように、2人に寄りかかられたまま園田もブルーシートに倒れ込んだ。
◇◆◇
「春来ぬと人は言へども鶯の鳴かぬ限りはあらじとぞ思ふ」
『意味 春が来たと人は言うけれども、鶯が鳴かない間はまだ春ではあるまいと思う』
「どうやら春を告げる鶯3羽が、ここで寝ていたようですね」
平安時代を思わせる雅な衣装を身に付けた公達が唄を詠んだ。
清香達3人は花見で寝てしまって、起きたら別の場所に来ていた。
「ここは?」
最初に目覚めた清香は、時代劇か何かの撮影でもやってるのかと思った。
「はて、この鶯どもを矢で射て鳴き声を楽しむか、殺して食すかどちらが良いか」
目の前で恐ろしい冗談を言う公達姿の男が、間近で矢を構えている。
「冗談はやめて下さい」
清香の怒鳴り声で、宮下と園田も目を覚ます。
「川越さんっ、どういう状況?」
清香の身に何かあったと思った二人は、目の前の矢を持つ男に気が付くと咄嗟に清香を後ろに庇った。
「私も分からないんです。目覚めたら、この人が目の前にいて」
後ろから二人に説明をした。
「何だ、獲物が起きてしまったじゃないか。まあ動かない獲物より、逃げまくる獲物を狩るのが楽しいか」
「頭がおかしいようだ。関わらずに行こう」
園田が二人にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。
「はい」
「合図と同時に、目の前の男に向かって走るんだ」
目の前の男に向かって?
逆じゃなくて?
「今だ」
園田の合図に、考える間もなく3人は目の前の男に向かって走り出した。
「痛っ」
男は驚き、その場でひっくり返り後頭部を地面に叩き付けていた。
「どうしましたか?」
仲間らしき公達姿の男が、後ろから呼ぶ声がした。
「獲物が逃げた」
後頭部を打ち付けて呻いている男が、怒鳴り声をあげて仲間に知らせた。
「奴隷が逃げたと?それは狩りがいがありますね」
奴隷?狩り?
まさか人間狩り。
この桜の木の下で、人を狩っていると言うのか?
撮影じゃなくて?
3人は同じような事を考えていた。
だからと言って、本当かどうか試す為に矢で射られるのは遠慮したい。
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