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「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その日、僕は悲鳴を上げて地面を転がっていた。
いじめっ子の一人が、僕の腕をナイフで切りつけてきたからである。狙いは、僕が来ている緑色の服の袖だった。この長袖だけでも、結構いい値で売れるというのだ。袖を切り落とすために、僕の肌ごとナイフで斬ったのである。
血が噴き出しても、連中はおかまいなし。むしろ“きったねー!”と笑うほどだ。
「ちょっと、せっかくの服が汚れちゃうでしょ!血なんか出さないでよ!」
「ギャハハハハハハ、お前、無茶言うなあ!」
「とりあえず今日は右袖だけ貰うか。全部もらっちまうと再生しなくなるみたいだし」
確かに、僕の体は特別で、傷も服も時間をたてば回復していくと知っている。
しかしだからといって、大事な服を斬られて悲しくないわけじゃない。怪我させられて痛くないわけでもないというのに。
ここ最近は、彼等のふるまいがより横暴になっている。自分はずっとずっと、こんな目に遭い続けなければいけないのか。その日も泣きながら家に帰ることになったのだった。
――ああ、もういっそ、みんないなくなっちゃえばいいのに!
僕は、そんなことを思っていたのがわかったのだろうか。
夜、弟は僕に提案してきたのだった。
「兄貴、俺と一緒に引っ越ししよう!」
「ええ!?」
あまりにも思いがけない提案。
彼が差し出してきたのは真っ黒な地図だ。正確には、真ん中のあたりだけしか地理が描かれていないので真っ黒に見えるのである。“ここが今俺らが住んでるあたりね”と弟は言った。
「俺ら、この地域以外のこと全然知らないだろ。この地図の、まだわかってない未開の土地。そこに、俺と一緒に引っ越ししてみよう!」
「で、でもご近所さんたちは……」
「大家さんにもご近所さんにも既に許可は取ってる。俺らがいなくなるのは寂しいけど、って事情を説明したら納得してくれたよ」
「ほ、ほんとうに?でも……」
僕は、まだ迷っていた。
この場所から引っ越しをする。大家さんが守ってくれるわけではない、未開の土地に行く。それがどれほど大変なことか、弟もわかっていないはずがない。
とてつもなく寒いところもあるかもしれない。ものすごく暑いところもあるかもしれない。ヤンキーみたいな人だらけの土地、冷たい住人だらけの土地で二人、縮こまるようにして暮らさなければならなくなるかもしれない。
同時に。
僕等が引っ越しをすることで、あの子供達がどうなるのかはわかりきっていた。おそらく、彼等は。
「あいつらのことを心配してるのか?もう、昔のあいつらじゃねえんだぞ」
弟ははっきりと言った。
「このままじゃ、お前がいじめ殺されちまう。だったら俺は……あいつらが死のうが狂おうが、お前が幸せに長生きできるほうを選ぶ。お前だってもう、奴らに愛想が尽きてんだろ。限界なんだろ。なら」
「……うん」
本当は、答えなんてとっくに出ていたんだろう。僕は泣きながら頷いたのだった。
引っ越しをしよう。
住み慣れた土地を、大家さんの元を離れて――誰も知らない、新天地へと。
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