死神少女と朱色の桜

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 酔いが醒めるわけではないが少しでも冷静さを保とうとハチは煙草に火を付けて深く吸い込み、紫煙を吐き出す。 「おい女、お前ひとりか? ここまでどうやって来た?」  その威圧的な声に少女は怯えもせず挑発的な上目遣いで薄ら笑みを浮かべて答える。 「感じてるんでしょぉ、ここに溜まってるものを」  ハチは躊躇わず煙草を少女の(ひたい)に押し付けて揉み消した。 「知らねえよ、聞かれたことにだけ答えろ」  そこには指先ほどの大きさの火傷痕が残ったが、少女は悲鳴どころか顔を顰めすらせずに続ける。 「肉体から魂を切り離すのがあたしちゃんの仕事だけどぉ、ずっとこびりついて溜まってた寿命が収まる(うつわ)を欲しがってるんだよねぇ」  その言葉に耳を貸さず、拳を固く握ると少女の鼻面に全力で叩き付けた。彼女を押さえ囲んでいた三人のほうが怯え思わず首を竦める。 「俺はなあガキ、聞かれたことにだけ答えろって言ったんだ。お前の意味わからん妄想なんぞ聞かされたくねえんだよ。頭悪いみてえだから質問忘れちまったか? もう一回聞くぞ。お前ひとりか? ここまでどうやって来た?」  鼻を折られ白いブラウスが染まるほど鼻血を流しながらも少女は薄ら笑みを消しはしなかった。涙ぐみすらしないその様子に男たちの不安ばかりが募っていく。 「あたしちゃんはひとりじゃないよ、彼くんとひとつなんだぁ」  ハチは間髪入れずもう一度その鼻面を殴った。少女は衝撃に仰け反りこそするが呻きもしない。  この気持ち悪い感じ、どこかで……そういえばどこかで見た顔だと気付く。 「お前、あいつの女に似てるな」  もう十年も前になるだろうか、当時つるんでいた悪友が同棲していた女に殺された。なにをとち狂ったのかサバイバルナイフで寝込みを襲ったそいつは悪友の首を切り取ってレンタカーと電車で二百キロほども逃走し、最後は臨海公園にある崖で警察に囲まれ首を抱えたまま身投げしたらしい。  まあ似ていたところで意味は無いような気もする。仮に生きていたとしてその女はもう四十路近いだろう。他人の空似だ。  いやまて。  思い出すほど似ているのなら親族という可能性もあるな。 「そのツラなんか見覚えあるんだよな。もしかして人殺しの親戚とか姉貴が居たりしねえか? なんつったかな。たしか……輝富(てるとみ)、なんとか、だったか。名前までは思い出せねえが、自分の男の首を切り落としたイカレ女だよ」  少女の表情から薄ら笑みが消えていた。  当たりか? あのイカレ女は公式にも行方不明扱いで死んだという情報はない。もしかしたら親族に匿われてる可能性もあるし、違うにしてもあいつのケジメを付けさせるって理由があればこの女を殺すのも多少は気が楽になる。  悪逆非道の首魁とはいえ、誰も彼もを湯水のように殺して埋めるのはやはり少しばかり心労があった。悪漢とて、出来るならば自分にくらいは言い訳をしたいものだ。  しかし、それは少女にとってもおなじことだったらしい。 「ああ、生かしておく理由、完全に無くなっちゃったねえ」  少女が鼻血を舐めながら微笑んだ。  こいつはこの期に及んでまだ舐めたクチを利けるらしい。ガキのツラを殴るのも気分は楽じゃねえんだがな。  ハチは感情よりはもはや合理の一念だけで三度目の拳を振り上げ、その動きを止めた。  女が、起き上がっている。目の前の少女ではない。攫ってきた学生のほうだ。
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