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ふらり、ゆらりと、全身を軋ませるように、全身で辛うじて頭部を押し上げるように、彼女は立ち上がった。
白目を剥いて、どこかしら骨が折れているのだろう歪な佇まいで、それでも死んでいたはずのあの女が立ち上がっている。
「怨念をたっぷり吸い上げて穢れた寿命がもう、器を得ちゃったんだよねえ」
言ったのは目の前で鼻血を流す少女だったが、ハチには半ば聞こえていなかった。
死の淵、いや、死そのものから立ち上がった女の浮かべる表情は憎悪の一択だ。可能であれば今すぐここにいる全員を皆殺しにするだろうと容易に想像出来るほどに歪んでいる。
女がふらりふらりと適当な面子に近付いて拳を振り上げた。
「逃げろ!」
ハチの指示は最短かつ的確だったが、たっぷり酒を呑んで手元のカードに集中していた男が反応するには少しばかり厳しい猶予だった。
え? と、ハチのほうを向いた瞬間、女の拳が炸裂しその頭部は跡形もなく砕け散る。
女のほうもただでは済まない。大の男の頭を砕いたのだ。その細指は千切れ飛び散り骨が剥き出しになっていた。
が、女は既に死んでいる。その身がどうなろうと知ったことではない。
そこで車座を組んでカードに興じていた三人の頭蓋を立て続けに打ち砕き、続いて女はゆったりとハチのほうを見据えた。
「は?」
なんでだ、なんで俺のほうを見る? ハチが心中に抱えた疑問に少女が答える。
「手足を砕いたら、次は頭、でしょぉ?」
もはやそちらへ視線を向ける余裕はなかった。己が両の拳ごと子分どもの頭を砕いた怪物が、今この瞬間にも自分に飛び掛かってくるのだ。
「な、なんで、俺があっ!」
声にしたところでなにが変わるわけでもない。言い終わるか否かの刹那でハチの頭も粉々に砕かれ、狂乱する女はそのまま生きとし生けるヒトを、つまりは少女以外全ての息の根を止めた。
「なんでって言われてもねぇ、当然でしょ♪」
少女は愉快げに立ち上がり鼻を拭い、ブラウスを払う。もはやどこにも血の気は無く、派手にして清浄な少女が笑い、その瞳で髑髏が嗤う。
「死ねばひとは滅びると思った? ざぁんねん、魂って器を失っても、寿命っていう動力が残るんだよねぇ♪ それには強い意志が、遺志がこびりつくの。わかるかな、わからないよねえ」
ハチの死体を見下ろして少女が嗤う。
「だってキミは、キミの魂は、その罪深い身体から離れることをこそ望んでいたんだからさ♪」
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