死神少女と朱色の桜

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 とある田舎のハイウェイの山中深く、せいぜいが駐車スペースとトイレしかない休憩所からたっぷり十分も歩いたところに、桜の木があった。  いつからあるのか、大きな枝ぶりで深い朱にも似た花を付けるその桜は、例年ガラの悪い連中の溜り場になっていた。 「ねぇハチさん、なんで毎年こんな山ん中まで花見に来るんスか」  十人そこそこ居るだろうなかでも若い男がリーダー格の男に酒を注ぎながら問う。  周りでは既に酒に潰れ、賭け事に興じ、どこかから攫って来た学生だろう女を凌辱している。  有象無象の悪逆が蔓延るそこで、問われた男は答える。 「見回りみてえなもんだ」 「はあ、なにを見回るんスか」 「お前、ああ、ゴローだっけ。『桜の下には死体が埋まってる』って聞いたことねえか?」 「あーなんか聞いたことあるようなないような?」  へらりと無難を求めた若い男の答えを責めはせずリーダー格の男、ハチは答える。 「赤いだろ、その桜。埋まってんだよ、死体が」 「マジすか」  きょとんとしたゴローにハチはにたりと笑う。 「この辺りは昔からときどき“片付け”に使ってんだ。もう両手じゃ足んねえくらいよ」 「はーなるほど」  言われてみればうっかり死なせてしまった相手をハチの指示で何処かへやっている場面に、ゴローも一度や二度は立ち会っている。 「こんなところまで持ってきてたんですねえ」 「まあ俺ら本職じゃねえからアシの付かねえ“片付け”のアテもねえしな。目立たねえとこに埋めるしかねえよ」 「さっすがハチさんっスね。一生ついていきます!」 「アホなこと言ってねえでお前、こないだのカードの負け分十万さっさと払えよ」 「あ、え、えへへ、それはその、もう少し待っていただけると……はは」  ハチは呆れた溜息を吐いて度数ばかり強い安酒を(あお)る。  死体というのはどんな樹海、素人目には未踏の山奥に遺棄しようと存外に見つかってしまうものだ。少なくともこのハチという男はそんな現実を十分に承知していたが、だからといって他に打てる手があるでもない。  いくら地権者や管理人を脅し金を握らせても、行いのツケから逃げ切れるわけではないと自覚していた。  常に薄っすら纏わりつく破滅の気配。愉快な“今”がいつ終わるか誰にもわからない。だからその生き様は自然と刹那的になる。 「ハチさーん、女が息してねえんスけどー」  まだ学生と思しき女を弄っていた男のひとりが手を振りながら報告してきた。 「そりゃ殺したっつーんだボケが。おいゴロー、バイトさせてやるよ。車からスコップ持ってきてそこに穴掘れ」 「穴、ですか」  ハチの苛立ちを含んだ語調にゴローの背筋が伸びる。 「時間一万出すぞ」 「ま、マジで」 「おう、深さは二メートル以上な。やるか?」 「結構その、深いっスね」 「たりめえだ。野犬が鼻面で掘り返せるような深さじゃ話んなんねえ」  当然そんな深い穴を掘った経験など皆無なゴローだが、しかし一万の時給は破格だ。今から数時間頑張れば負け分をチャラにはならずとも半減は出来るだろう。  ハチの機嫌も怪しい現状、断る理由は思い付けなかった。 「わかりました、やります」  さて、すぐに音を上げるか最後までやり切るか見物だな。そう思いながらハチは車へ向かうゴローの背を見送り、やらかした連中へ視線を向けた。 「おいお前ら、女の私物全部集めてひとつにしとけ。一緒に埋めるからな、ひとつも残すんじゃねえぞ」  気の無い返事を返しながらめんどくさそうに動き出す下っ端の男たち。その光景にハチが違和感を覚えるまで、そう時間は掛からなかった。  女が、立っている。  なんだ? 息吹き返したならそう言えよ。悪態を吐こうとして、攫ってきた女は倒れたままだと気付く。  じゃあ誰だよこいつは。  (だいだい)のツインテに黒い短外套と白いブラウス、赤黒チェックのブリーツスカートに白と桃のオーバーニーの少女。左手には空の小さな鳥籠を下げている。  どうやってここまで来たんだ? とにかく部外者に見られた。花見の日がとんだ厄日と来たもんだ。  ハチは少々重苦しい気分になったが、今日は既にひとり殺ってしまっているし名前も知らない女をもうひとり追加したところで大差ないかとすぐに気を取り直す。 「おい、お前らその女押さえてこっちこい」 「え、女? あっ!」  傍にいた彼らはハチの指摘でようやく気付いたらしく驚愕の表情を浮かべたものの急な荒事は慣れたものだ。即座にふたりが両腕を掴み逃げられないようもうひとりが背後に立つ。三人に取り囲まれた少女は抵抗らしい抵抗もせず連れてこられる。
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