三夜目 どこにもない家

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 とにかく、妹は私と一緒に窓の外を見ています。年恰好は私よりも一回り下。幼稚園の年長くらいでしょうか。直接口にしたわけではありませんが、どうやら彼女も退屈しているようです。私と同じように窓に手の平を押し当てたり、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見渡したりしています。  やがて退屈に耐えかねた妹は、私の方を向きました。戸惑う私を気にせずこちらへ向かってきます。そして彼女は、「お話」を始めたのです。私はそれに聞き惚れました。壁と窓に囲まれた家の中とも、規則的に電車と車が交差する踏切の風景とも違う。妹の言葉の中に立ち上がる「世界」に、私は夢中になりました。  では、彼女は一体どんな「お話」をしたのか……それは全く思い出せません。覚えているのは、私自身がそれにのめり込んだことと、それが始まるまでに退屈しきっていた場所の風景です。  もう少し大きくなってから、その時のことを妹に尋ねたことがあります。あの時、何の物語を語ったのか。答えは芳しくありませんでした。  知らない、と言うのです。そんな「お話」を語ったことも、そんな家で外の踏切を見ていたことも。  私は何とか妹に思い出してもらおうと、彼女の語った物語やその時の風景の断片を語りました。けれど……語っているうちに、それらはどんどん逸れていく。終わる頃には、全くの別物に成り果てていました。  当然、妹がそこから何かを思い出すことはありませんでした。けれど、私の話を興味深くは聞いてくれた。いつの間にか、「奇妙なお話を語る人」は私の方になっていました。  途中から、私は当初の目的を忘れました。目の前に浮かんだ風景をもとに妹と語り合い、「お話」を作り上げていく。その時間そのものが大事になっていたのです。  今、私の傍らに妹はいません。けれど、私はまだ語ることを続けています。どうしてなのでしょうか?
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